労務トラブル

従業員の能力不足・勤務成績不良による解雇(普通解雇)は認められるか?裁判例をもとに判断基準を解説

はじめに

解雇とは?

「解雇」とは、会社側から一方的に、従業員との労働契約を解約することをいいます。

解雇の種類

解雇の種類には、「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」の3つがあります。

普通解雇」は、従業員の能力不足や勤務成績不良によって、あるいは私傷病などによって、今後の労働契約を継続することができない場合に、解雇することをいいます。

懲戒解雇」は、従業員が犯した職場の服務規律違反に対する懲戒処分として、解雇することをいいます。

整理解雇」は、解雇される従業員側には原因がなく、会社の業績の悪化に伴うリストラなど、会社側の都合によって、解雇することをいいます。

解雇のハードル

上記のいずれの解雇についても、会社は従業員を簡単に解雇することはできません。

解雇を法的にみて、どのような場合に有効となり、どのような場合に無効となるのかは、最終的には裁判所の判断によって決着するしかありません。

法的に無効となる解雇のことを、一般に「不当解雇」といいます。

もし、裁判所によって不当解雇であると判断された場合、会社には、従業員に対する損害賠償責任などが生じます

過去の裁判例によると、解雇が法的に有効なものと認められるケースは圧倒的に少ない傾向があり、その意味で会社にとって解雇のハードルは非常に高く設定されていると認識しておくべきでしょう。

以上を踏まえたうえで、この記事では、解雇のうち「普通解雇」について、過去の裁判例を踏まえて、裁判所の判断の傾向を解説します。

普通解雇の有効性の判断要素

普通解雇の有効性を判断する場合には、解雇理由に正当性があるかどうか、および、解雇手続きに問題がないかどうか、という2つの観点から検討する必要があります。

具体的には、次の内容を検討し、クリアする必要があります。

【解雇の判断要素】

  1. 解雇権の濫用に該当しないか(労働契約法第16条)
  2. 就業規則の普通解雇事由に該当するか
  3. 解雇予告義務を遵守しているか(労働基準法第20条)
  4. 解雇が制限されている場合に該当しないか(労働基準法第3条、第19条など)

②③④については、手続的な話であるため、ここでは割愛します。

①については、過去の裁判例をもとに、個別の事案ごとに検討していく必要があります。

以下、①について解説します。

解雇権の濫用(労働契約法第16条)とは?

法律では、会社が従業員を解雇するためには、解雇に「客観的に合理的な理由」があり、かつ、「社会通念上相当」であることが必要とされています(労働契約法第16条)。

この要件を満たさない解雇は、会社が解雇権を濫用したものとして、無効(不当解雇)となります。

会社は、従業員が就業規則の普通解雇事由に(形式的にみると)該当していたとしても、それをもって当然に解雇をすることはできず、その解雇が実質的にみて解雇権の濫用に該当しないかどうかが問われます。

特に、一般的な就業規則で普通解雇事由として規定されていることが多い、「従業員の能力不足」や、「勤務成績の不良」を理由として普通解雇を行う場合、裁判例では、解雇の有効性が厳しく判断される傾向があります。

そこで、解雇する前には、果たしてその解雇が解雇権の濫用に該当しないかどうか、過去の裁判例を踏まえて、慎重に検討する必要があります。

能力不足・勤務成績不良の場合の普通解雇の有効性

従業員の「能力不足」とは、従業員に業務を遂行するうえで必要とされる能力が欠如していることをいいます。

例えば、事務的な単純ミスを繰り返す、顧客に対する対応が不適切で苦情が相次ぐ、営業成績が上がらない、ノルマを達成できない、業務上必要なスキルに達しないことなどが挙げられます。

しかし、「能力」とは抽象的なものであることが多く、単に他の従業員と比較して成長が遅いというレベルなのか、それとも業務遂行に支障が生じ、会社に損害を与えるレベルなのかなど、能力不足の程度にも振り幅があります。

そこで、裁判例では、従業員の能力不足を理由とした解雇については、次の例のように、様々な事情(判断要素)を総合的に考慮しながら、判断を下す傾向がみられます。

【能力不足による普通解雇の判断要素(裁判例の傾向)】

.成績不良の程度

.業務遂行への支障の程度

.改善の余地

.指導・教育期間(解雇の回避努力)

.配置転換の有無

.勤務態度

.従業員の雇用条件、募集・採用時に期待されていた役割、新卒採用・中途採用

.その他

成績不良の程度(A)、業務遂行への支障の程度(B)

従業員の成績不良で解雇が認められるためには、成績不良によって、会社に重大な損害を与え、あるいは企業経営や業務運営に重大な支障をおよぼすおそれがあるといった事情が求められる場合があります(エース損保事件・東京地方裁判所平成13年8月10日決定)。

会社への損害が生じたというためには、能力不足によって重要な取引先を失い、いくらの売上を失ったというように、具体的な損害が生じていることが求められます。

例えば、単に「クレームが多いから」などのエピソードだけでは、解雇の理由としては不十分といえるでしょう。

クレームは常に一定数は生じるものであり、また、顧客や商品・サービスの方に問題がある可能性もあるため、従業員の能力不足を証明することは困難といえます。

また、従業員の能力が、客観的な数字や指標によって評価されていたり、評価制度や目標の設定には問題がないなど、客観的で平等な評価によって判断されていることも必要といえます。

例えば、会社が設定した売上目標に十分な具体性がないことを理由に、従業員に解雇事由に相当するほどの成績不良があったとはいえないとして、解雇を無効と判断とした裁判例があります(日本オリーブ事件・名古屋地方裁判所平成15年2月5日決定)。

改善の余地(C)、指導・教育期間(解雇の回避努力)(D)、配置転換の有無(E)

従業員の能力不足による解雇が有効とされるためには、従業員の能力について「改善の余地がない」といえることが必要です。

これは要するに、従業員の解雇を避けるために、会社として、どこまで能力改善のために努力を尽くしてきたのかが問われるということを意味します。

具体的には、上司による指導をはじめ、他部署への配置転換、研修の実施など、これらの手段を尽くしても一向に改善されず、将来的にも改善の見込みがないような場合が該当するといえます。

したがって、例えば、採用した従業員にまったく指導をしないまま放置し、業績が上がらないから解雇したというような場合、まずは上司による指導・教育を行うことによって改善の機会を与えるべきであり、いきなり解雇をすることは認められない可能性が高いといえるでしょう。

この点に関連する裁判例を3つご紹介します。

参考裁判例①

ある裁判例では、

  • 勤務成績が長年にわたって著しく不良かつ深刻であったこと
  • 勤務成績が向上せず、改善・向上の見込みがないこと
  • 勤務態度が不良であったこと
  • 会社が当該従業員に注意喚起を続けていたこと
  • 会社が解雇を回避すべく対応していたこと

などの事情が総合的に考慮され、解雇が有効と認められています(NECソリューションイノベータ事件・東京地方裁判所平成29年2月22日判決)。

参考裁判例②

一方で、人事考課が下位10%の成績であった従業員を解雇した事例で、能力不足は会社の教育不足が原因であると判断され、解雇が無効とされた事例もあります。(セガ・エンタープライゼス事件・東京地方裁判所平成11年10月15日決定)。

裁判所は、「従業員に対して教育、指導が行われた形跡がなく、適切な教育、指導を行えば、能力向上の余地があった」として、不当解雇であると判断しました。

参考裁判例③

解雇の前に配置転換をすべきだったとして不当解雇と判断され、会社が敗訴した事例もあります(日本IBMロックアウト解雇事件・東京地方裁判所平成28年3月28日判決)。

裁判所は、会社が「従業員を適性のある業種に配転したり、解雇の可能性を伝えて業績改善の機会を与えたりせずに解雇した」ことを理由に、不当な解雇であると判断しました。

この裁判例からは、従業員が現在配属されている仕事(例えば、営業職)について適性がないとしても、配置転換などの人事異動をすることで他の仕事(例えば、事務職)にチャレンジさせ、従業員の適性に応じた仕事の場を与えるといった企業努力が求められるといえます。

なお、必ずしも配置転換をすることが解雇のための要件となるとは限りません。

例えば、自ら営業職を強く希望しておきながら、営業成績が新入社員の実績を下回り、さらに成績向上の努力も見られないという事情があったケースでは、他の職種への配置転換の可能性を検討するまでもなく、能力不足による解雇が認められるとした裁判例もあります(テサテープ事件・東京地方裁判所平成16年9月29日判決)。

勤務態度(F)

英語、パソコンのスキル、物流業務の経験を買われて中途採用された従業員について、業務遂行能力が著しく低く、勤務態度が不良であることを理由に解雇したことについて、裁判所は解雇を有効と判断しました(日本ストレージ・テクノロジー事件・東京地方裁判所平成18 年3月14日判決)。

この裁判例では、従業員について次のような勤務態度がみられたことが、結果に影響しています。

  • 業務上のミスを繰り返し、他部門や顧客から苦情が相次ぎ、上司の注意に従わなかった
  • 異動後も上司の指示に従わず、報告義務を果たさず、顧客に不誠実な対応を取ったため苦情が相次ぎ、再三改善を求めたが改善されなかった
  • 担当業務の習熟が遅く、業務処理速度の向上を促されていた
  • 上司の指示に従わないとして、けん責処分(懲戒処分)を受けたが、ミーティングへの出席を拒否した

従業員の雇用条件、募集・採用時に期待されていた役割、新卒採用・中途採用(G)

新卒採用による雇用では、長期的な目線にたち、採用後の教育や経験を通じて能力の成長を期待することが一般的です。

一方で、中途採用による雇用では、経営幹部や上級管理職、専門職(システムエンジニアや金融トレーダーなど)として、役職・給与面などについて好待遇でヘッドハンティングをした場合のように、従業員の経歴・職務経験・資格などを重視して採用することがあります。

この場合には、即戦力として高い期待をもって雇用されている分、新卒採用に比べて解雇のハードルはやや下がるといえます。

例えば、管理職として年収1,000万円で採用された人材が能力不足であるとされて解雇されたケースで、裁判所は試用期間中の解雇を有効と認めました(社会福祉法人どろんこ会事件・東京地方裁判所平成31年1月11日判決)。

また、年俸770万円で中途採用した従業員が、業務で求められる能力や適格性が平均に達しないことを理由とした解雇について、裁判所は有効と判断しました(プラウドフットジャパン事件・東京地方裁判所平成12年4月26日判決)。

このように、高度の職業能力があることを前提として中途採用された従業員が、期待された能力を発揮できなかった場合には、能力不足を理由とする解雇の有効性は、通常の場合と比べて認められやすい傾向があります(フォード自動車事件・東京高等裁判所昭和59年3月30日判決)(ヒロセ電機事件・東京地方裁判所平成14年10月22日判決)。

その他(H)

事業の性格(公共性の有無など)や、会社の規模の小ささも、能力不足を理由とする解雇に当たって考慮される場合があります(海空運健康保険組合事件・東京高等裁判所平成27年4月16日判決)(乙山産業事件・大阪地方裁判所平成22年6月18日判決)(リオ・テイント・ジンク事件・東京地方裁判所昭和58年12月14日決定)。

ABOUT ME
上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
京都の社会保険労務士です。このブログでは、会社経営者様や、人事・労務・総務担当者様に向けて、労務管理に役立つ情報を発信しています。お陰様で当ブログの閲覧数は月間最大17万pv・累計170万pvを突破しました。些細な疑問やご質問でも大歓迎です。お問い合わせは、以下の当事務所のホームページからご連絡ください。