有給休暇は、原則として、従業員が継続して勤務するごとに、法律で定められた日数が与えられます。
そして、与えられた有給休暇を年度内に消化しきれなかった場合には、その残りの日数を、翌年度に繰り越すことが認められます。
したがって、一定年数を継続勤務した従業員は、前年度分(繰越分)の有給休暇と、当年度分(今年度分)の有給休暇が、権利として併存することがあります。
この場合において、従業員が、有給休暇を取得した場合、その有給休暇は、前年度分から取得したものであるのか、当年度分から取得したものであるのかが問題になることがあり、会社がどのように取り扱うかによって、従業員にとって有利にも不利にもなり得ます。
そこで、今回は、無用な労務トラブルが生じないよう、有給休暇の消化順序に関する実務上の取り扱いを解説します。
Contents
有給休暇を繰り越しできる上限と時効消滅との関係
本題に入る前に、まずは、有給休暇の繰り越しに関する基本的な知識を確認します。
従業員が、与えられた有給休暇の日数を、その年度内にすべて消化することができなかった場合、未消化分の有給休暇は、翌年度に繰り越すことが認められます。
ただし、有給休暇は、2年間の時効によって消滅するため、繰り越しは、原則として翌年度に限り、認められます(昭和22年12月15日基発第501号、労働基準法第115条)。
もちろん、法律の定めに関わらず、会社独自の福利厚生として、2年間で消滅させることなく、有給休暇を積立てておくことができる制度などを導入することは問題ありません。
なお、積立有給休暇制度については、以下の記事をご覧ください。
【有給休暇の繰越】昭和22年12月15日基発第501号
問:有給休暇をその年度内に全部をとらなかった場合、残りの休暇日数は権利放棄とみて差支えないか、または次年度に繰越して取り得るものであるか。
答:法第115条の規定により2年の消滅時効が認められる。
なお、行政通達によれば、会社が就業規則などにより、「有給休暇は翌年度に繰り越してはならない」などの規定を定めたとしても、従業員の有給休暇の権利は消滅しないとされています(昭和23年5月5日基発686号)。
(時効)
第115条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する。
有給休暇の消化順序は前年度分(繰越分)から?当年度分(今年度分)から?
結論として、有給休暇の消化順序については、法律に定められていません。
法律に定めがない以上、従業員が有給休暇を取得した場合に、その有給休暇を前年度分または当年度分から取得したものであるのか、就業規則や雇用契約書において定めておく必要があります。
しかし、実務上は、この点について就業規則にきちんと定めている会社は少数派であるといえます。
また、この論点については、実務において特段意識をせずに、「前年度分から取得したもの」と取り扱っている会社が比較的多いと感じます。
消化順序に関する定めがない場合の取り扱い
有給休暇の消化順序に関する定めがない場合の取り扱いとして、厚生労働省労働基準局編の「平成22年版労働基準法(上)」によると、以下のとおり「前年度分」から行使されると解釈されるとしています。
なお、この繰越を認めた場合において翌年度に休暇を付与するときに与えられる休暇が前年度のものであるか当該年度のものであるかについては、当事者の合意によるが、労働者の時季指定権行使は繰り越し分(前年度分)からなされていくべきと推定すべきである。
消化順序に関する定めがない場合の取り扱いについては、法律の解釈論になりますので、前年度分なのか当年度分なのか、どちらの解釈もあり得ます。
しかし、法律論はさておき、社会通念上、前年度分から行使していると解釈するのが自然ですし、従業員の意思にも沿うものであると考えます。
具体例
ここでは、事例を交えながら、前年度分によるのか当年度分によるのかによって、具体的にどのような違いが生ずるのかを説明します。
【有給休暇の日数(法定の日数)】
Aさんの有給休暇の日数
- 入社日から6ヵ月が経過した日…10日間(①)
- 入社日から1年6ヵ月が経過した日…11日間(②)
- 入社日から2年6ヵ月が経過した日…12日間(③)
法律どおりに有給休暇が与えられた場合、Aさんには、入社日から1年6ヵ月が経過した日において、最大「21日間(①+②)」の有給休暇を取得する権利があります。
このとき、Aさんが入社日から1年6ヵ月が経過した日において、5日間の有給休暇を取得したとします。
前年度分から消化をする場合
このとき、前年度分の有給休暇である10日間(①)から、5日間の有給休暇が差し引かれます。
したがって、Aさんの有給休暇について、①の残日数は、5日間となり、それに②の11日間を加えた「16日間{(①-5)+②}」が、Aさんの有給休暇の日数となります。
③の時点におけるAさんの有給休暇の残日数
③の時点では、Aさんに新たに12日間の有給休暇が与えられるとともに、①の有給休暇(5日間)は、2年の時効によって消滅することとなります。
②については、1日も消化されていませんから、そのまま翌年度に繰り越されることとなります。
結果として、③の時点におけるAさんの有給休暇の日数は、「23日間(②+③)」ということになります。
当年度分(今年度)から消化をする場合
このとき、当年度分の有給休暇である11日間(②)から、5日間の有給休暇が差し引かれます。
したがって、Aさんの有給休暇について、②の残日数は、6日間となり、それに①の10日間を加えた「16日間{①+(②-5)}」が、Aさんの有給休暇の日数となります。
③の時点におけるAさんの有給休暇の残日数
③の時点では、Aさんに新たに12日間の有給休暇が与えられるとともに、①の有給休暇(10日間)は、1日も消化されることのないまま、2年の時効によって消滅することとなります。
②については、5日間が消化されていますから、これを差し引いた残りの6日間が、翌年度に繰り越されることとなります。
結果として、③の時点におけるAさんの有給休暇の日数は、「18日間(②+③)」ということになります。
どちらの取り扱いが従業員にとって不利になるのか?
当年度分から消化する方が、当年度分の有給休暇をすべて消化してから、はじめて前年度分の有給休暇が消化されることになるため、従業員にとって不利になります。
そして、勤続年数の長い従業員は、与えられる有給休暇の日数が多くなりますので、その分、当年度分の有給休暇をすべて消化することは困難になります。
また、有給休暇は、病気による入院やケガなど、いざというときの保険として、まとまった一定日数を残しておきたい、という考えもあります。
しかし、当年度分から消化されることにより、有給休暇を使用するほど、いつまで経っても有給休暇の残日数が増えない、ということもあります。
就業規則の規定例(当年度分から消化する場合)
有給休暇の消化順序については、「前年度と当年度のいずれが先に消化されるか」をめぐって、無用な労務トラブルに発展することもあります。
したがって、できる限り就業規則や雇用契約書などに、ルールを明記しておくことが望まれます。
ここでは、当年度の有給休暇の消化を先に行う場合の就業規則の規定例をご紹介します。
(年次有給休暇の繰越しと充当関係)
第○条 年次有給休暇は翌年度に限り繰り越すことができる。
2 年次有給休暇は、まず当年度の年次有給休暇から消化していき、当年度の年次有給休暇をすべて消化した後に、前年度の年次有給休暇を消化していくものとする。
これまでは前年度分から有給休暇を消化していた会社が、就業規則を変更して、当年度分から有給休暇を消化することとするのは、就業規則の「不利益変更」に該当する可能性があります。
就業規則の不利益変更は、法的に認められるためのハードルが高いため、変更に当たっては、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することが望ましいと考えます。
まとめ
有給休暇の権利は、従業員にとって、ワークライフバランスを保ち、長く安心して働くために不可欠となるものです。
有給休暇の消化順序については、どのような取り扱いをするのかによって、従業員にとって有利になるのか、会社にとって有利になるのか、明白な違いが生じます。
それだけに、有利不利など目先の損得勘定で運用を決めてしまうと、従業員の不信感を募らせ、モチベーションを低下させてしまうこととなり得ます。
したがって、このような場合の労務管理においては、一方的な押し付けになることのないよう、労使双方が制度を理解したうえで、お互いが納得できる妥協点を見つけていく努力をすることが大切であると考えます。