労働基準法

給与の前払いサービス会社の問題点は?労働基準法や貸金業法との関係を解説

「給与の前払いサービス」をご存知でしょうか。

数年ほど前から、給与の前払いサービスを提供する会社が登場し、増加しておりますが、そのようなサービスが登場した当初から、その適法性をめぐって議論がありました。

このような流れから、今後サービスの利用を検討しているという会社も、「サービスを利用して法的に問題がないのだろうか?」という不安が生じることもあるかと思います。

そこで、今回は、給与の前払いサービスについて、法的な問題を整理して解説します。

給与の前払いサービスの概要

給与の前払いサービスの内容

「給与の前払いサービス」とは、従業員の申請により、本来の給与支払日を繰り上げて、給与を前払いで受け取ることができるサービスをいいます。

このサービスでは、多くの場合、従業員は会社から直接給与を受け取るのではなく、会社が委託した給与の前払いサービスを提供する会社から給与を受け取る点に特徴があります。

以前から給与の「前借り」という慣習は存在していましたが、前借りとは、一般に給与の支給日より前に、(今後働く見込みの分も含めて)給与の全額を受け取ることをいいます。

給与の前払いサービスが「前借り」と異なるのは、申請時点までの勤務状況をもとに前払いをするため、給与支給日よりも前に給与の全額を受け取ることはできない点にあります。

会社が給与の前払いサービスを利用するメリット

給与の前払いサービスを、会社の福利厚生のひとつとして、求人などのアピールポイントにしている会社もあるようです。

従業員は、スマートフォンやパソコンから、いつでもどこでも前払いの申請をすることができ、申請した分は最短で当日に振込みを可能とするサービスも多く、従業員にとっては突発的な支出に備えやすく、利便性の高いサービスといえます。

また、従業員にとっては上司などに申請をする必要はなく、給与の前払いサービスを提供する会社へ直接申請することができるため、利用に際する心理的なハードルが低いことも魅力のひとつです。

給与の前払いサービスを導入することにより、求人における応募数の増加や従業員の満足など、会社にとって採用力の強化や定着率の改善につながるという効果が想定されます。

給与の前払いサービスの類型

給与の前払いサービスには、主に次の2つの類型があります。

  1. 立替払い型
  2. 直接払い型

①立替払い型

給与の前払いサービスを提供する会社が、従業員から申請のあった分の給与をいったん立て替えて従業員に支払い、後から会社に立て替えた金額を請求する仕組みです。

したがって、会社は給与の前払い分のお金を用意する必要がなく、また、前払いにかかる事務の負担も少なく済ませることができます。

そして、一般に、利用にかかる手数料は、申請した従業員の負担となり、申請した給与の3~6%(個人の主観に基づく相場です)ほどの手数料が差し引かれた金額が従業員に支払われることになります。

立替払い型のメリットは、会社が負担する利用料や事務負担が少ない点にありますが、後述するように、法的にはグレーな問題が残されています。

②直接払い型

給与の前払いに必要なお金を、会社があらかじめ用意しておき、会社から従業員に対して、直接、前払い分の給与が支払われる仕組みです。

会社は、給与の前払いサービスを提供する会社に、給与を前払いするために必要な勤怠システムの提供や事務処理を委託して、その手数料を支払います。

①に比べると、この仕組みでサービスを提供する会社は少数派という印象です。

直接払い型は、会社で前払い分のお金を用意する必要があり、①に比べると会社の事務負担は増加しますが、一方で、従業員の手数料負担は軽減する(または負担がない)ことも多いようです。また、法的にも問題が生じにくいといえます。

法的な問題点

これまで、法的に問題になる可能性が指摘されてきたのは、主に上記①の「立替払い型」の場合です。

立替払い型の場合、法的にみて、次の2つの問題が生じます

  1. 「労働基準法」の「賃金の直接払いの原則」の問題
  2. 「貸金業法」の問題

①「賃金の直接払いの原則」の問題

賃金の直接払いの原則とは、「賃金は(会社が)労働者に対して直接支払わなければならない」という原則です(労働基準法第24条第1項)。

この法律の趣旨は、会社と従業員との間に仲介人などの第三者が間に入ってしまうと、従業員に対する賃金が、その仲介者などの第三者によって不当に搾取されるおそれがあることにあります。

そして、本来給与を直接支払うべき立場にある会社に代わって、第三者である給与の前払いサービスを提供する会社が、従業員に対して給与を支払うことは、賃金の直接払いの原則に違反するおそれがあります

この点については、現時点ではまだ裁判例や通達が存在せず、グレーな問題ではあります。しかし、もし、賃金の直接払いの原則に違反していると評価された場合には、会社が給与の前払いサービス会社に対して支払った金銭(=給与の前払いサービス会社が従業員に対して支払った給与)については、法的にみると会社が従業員に給与を支払ったことにはならず、したがって給与の未払いの問題が発生する可能性があります。

②「貸金業法」の問題

お金(給与)を立て替えてもらっているということは、従業員は給与の前払いサービスを提供する会社からお金を借りているのと実質的に同じとみることができます。

そして、貸金業を営むには、貸金業法に基づく登録が必要になりますが、もしこの登録がない会社が立て替えているのだとすると、貸金業法に違反する可能性があるのです。

無登録による貸金業の営業は、10年以下の懲役もしくは3,000万円以下の罰則という規定が設けられています。

さらに、お金の貸し付けと評価されると、利息制限法により、名目を問わず「金利」となることから、利率が制限されます。

したがって、もし貸金業法の登録があるとしても、給与の前払いは年利に変換するとかなりの高利率となり、利息制限法違反となる可能性もあります

金融庁の見解(2018年12月20日)

立て替え型による給与の前払いサービスの法的な問題点である「給与の前払いサービス会社が貸金業に該当するか否か」について、2018年12月20日に、金融庁によって初めて見解が出されました。

内容を簡単にまとめますと、次のとおりです。

  1. 給与の前払いサービスは従業員の勤怠実績に応じた賃金相当額を上限とした給与支払日までの極めて短期間の給与の前払いの立替えであること
  2. 導入企業の支払い能力を補完するための資金の立替えを行っているものではないこと
  3. 手数料についても導入企業の信用力によらず一定に決められていること

上記3点から、貸金業法が想定している「貸し付け」の要件である、導入する会社または従業員に対する信用の供与とまではいえないことから、貸金業法上の「貸付け」行為に該当せず、貸金業に該当しないとしています。

この金融庁の見解があるからといって、必ずしも貸金業法に該当しないといい切れるものではなく、給与の前払いサービス会社の仕組みやサービス内容のあり方によっては、貸金業法に定める貸金業に該当する可能性があることも示唆していますので、留意が必要です。

まとめ

給与の前払いサービスについては、現時点では訴訟などのトラブルになった事例は聞こえてきていませんが、法的にはグレーな部分も残されており、ノーリスクであるとは言い切れない状況にあります。

もちろん、利用することによるメリットもありますが、ルールの整備やトラブルの有無など、今後の動向を見ながら落ち着いて検討されても良いのではないかと考えます。

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上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
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