2019年4月1日に労働基準法が改正され、有給休暇の取得義務が定められるなど、働き方改革の波を受けて、企業においては有給休暇の取得をいかに促進していくかが課題のひとつといえます。
有給休暇が従業員の権利であることは周知のとおりですが、従業員からは「有給休暇を申請すると、上司に必ず理由を聞かれるため、有給休暇が取得しにくい社内風土がある。これはパワハラではないのか」という不満の声を聞くことがあります。
有給休暇については、労使それぞれが正しい認識を持っていないと、思わぬトラブルが生じることがあります。
したがって、今回の記事では、法律や裁判例をもとに、会社(上司)が有給休暇の取得理由を聞き出すことの是非や、取得を妨害することの違法性(パワハラ該当の有無)について解説します。
Contents
【結論】上司が有給休暇の取得理由を聞く、または取得を妨害した場合
最初に、今回のテーマの結論を述べます。
- 有給休暇の権利は、要件を満たせば、法律上当然に発生する権利あって、その取得に際して会社が取得理由(利用目的)を聞くことは、原則として認められない。
- 会社は、時季変更権を行使する必要性の限りにおいて、取得理由(利用目的)を聞くことが認められる場合がある。
- 上司が従業員による有給休暇の取得を妨害する目的、あるいは嫌がらせ目的で取得理由(利用目的)を執拗に聞き出すような行為は、パワーハラスメントに該当する可能性がある。
有給休暇の権利とは?
まず、前提として、「有給休暇の権利」について確認しましょう。
有給休暇の権利は、従業員が法律上の要件を満たした時点で、「法律上当然に」発生するものであり、同時に会社はこれを与える義務を負うものです。
したがって、有給休暇の権利は、従業員の請求を待って、はじめて生じる権利ではなく、ましてや会社や上司の許可によって生じるものではありません(林野庁白石営林署事件 最高裁判所昭和48年3月2日判決)。
有給休暇については、会社や上司が、従業員が有給休暇を「取得すること」それ自体を許可する立場にある、という誤解が多く、この誤解からトラブルが生じるケースもあります。
つまり、法的な視点から説明すると、従業員が請求しているのは、有給休暇を取得するかどうか、ではなく、有給休暇の「取得の時季」(この日に取得する、と申し出ること)であるといえます。
有給休暇の取得理由(利用目的)を聞くことの可否
原則
上記のとおり、有給休暇の取得は従業員の権利であって、裁判例でも、「有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である」旨を述べています(林野庁白石営林署事件 最高裁判所昭和48年3月2日判決)。
したがって、会社が従業員に対して、有給休暇の取得理由を聞くことができるか否か、という問題については、原則として「取得理由を聞くことは許されない」といえます。
また、仮に、従業員がいったん申し出た利用目的とは別の用途に休暇を用いたとしても、何ら問題はありません。
例外
ただし、以下の場合に限り、会社が従業員に対して、有給休暇の取得理由を聞くことが認められる場合があります(此花電報電話局事件 最高裁判所昭和57年3月18日判決)
- 会社が時季変更権の行使を判断する必要がある場合
- 同じ日に、複数の従業員から有給休暇の取得申請が集中したために、そのうち一部の者に対して時季変更権を行使せざるを得ない場合で、その行使を判断する必要がある場合
「時季変更権」とは、簡単にいうと、従業員による有給休暇の取得によって、会社にとって「事業の運営に支障がある場合」には、その取得の時季(有給休暇をとる日)を変更することができる権利をいいます(労働基準法第39条第5項)。
この時季変更権の行使について、例えば、一時に多数の従業員から、同じ日を希望して有給休暇の申請がなされた場合において、利用目的の重大性・緊急性の程度によって時季変更権行使の対象者を定めることは、合理性と必要性が存在し、「問題がない」と判断した裁判例があります(大阪職安事件 大阪地方裁判所昭和44年11月19日判決)
さらに、このような会社による時季変更権の行使が認められる場合に、従業員が会社に対して虚偽の申告をすると、それが従業員自身の懲戒事由に該当する可能性もあります(古河鉱業足尾製作所事件 東京高等裁判所昭和55年2月18日判決)。
会社が有給休暇の取得を妨害することは「パワハラ」に該当するか?
それでは、会社が従業員から有給休暇の取得理由を聞き出すことは、原則として認められないとしても、それを聞き出す行為自体がパワーハラスメントに該当する可能性はあるのでしょうか。
パワーハラスメントとは、法律上、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの(労働施策総合推進法 第30条の2)をいいます。
有給休暇の取得の妨害が問題となった裁判例として、日能研関西ほか事件(大阪高等裁判所平成24年4月6日判決)があります。
事件の概要は、塾の講師をしていた原告が、有給休暇の取得を申請したところ、上司(被告)が有給休暇を取得すると「評価が下がる」などと発言して、有給休暇の取得を妨害した行為が不法行為に該当すると判断されたものです。
被告となった上司の発言の具体的内容は以下のとおりです。
【問題となった被告上司の発言】
- 「今月末にはリフレッシュ休暇をとる上に、6月6日(注:原告が有給休暇を申請した日)まで有給をとるのでは、非常に心象が悪いと思いますが。どうしてもとらないといけない理由があるのでしょうか。」(メールによる送信)
- 「こんなに休んで仕事がまわるなら、会社にとって必要ない人間じゃないのかと、必ず上はそう言うよ。その時、僕は否定しないよ。」
- 「そんなに仕事が足りないなら、仕事をあげるから、6日に出社して仕事をしてくれ。」
裁判では、一審、二審ともに、被告上司のメールおよび発言は、原告の有給休暇を取得する権利を侵害する行為であるとして違法と判断しました。
さらに、被告上司は、原告が取り下げた有給休暇の予定であった日において、もともとは被告上司自身が担当する予定であった業務を、原告に割り振りました。
この行為について、裁判所は、有給休暇を申請したことによる嫌がらせであるとして、被告上司の行為に違法性を認めました。
上記の被告上司の発言は、直接的に有給休暇の取り下げを指示するものではありませんが、取り下げなければ不利益があるかのような発言は、裁判例のとおり、「取り下げの強要」であり、パワーハラスメントに該当するものと判断されかねません。
有給休暇の取得による不利益取扱いの禁止
最後に、有給休暇を取得したことによる、不利益な取扱いの禁止について説明します。
使用者は、第39条第1項から第4項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
この条文に違反したとしても、罰則は定められていません。
裁判例によっても、「労働基準法附則第136条の定めは、使用者の努力義務を定めたものであって、私法上の効力(不利益取扱いを無効にする効力)を有するものとは解されないとしています(沼津交通事件 最高裁判所平成5年6月25日判決)。
ただし、同判決は、不利益取扱いの趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、労基法が労働者に有給休暇取得の権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものは、公序良俗(民法第90条)に反するものとして、無効となる旨を述べています。
つまり、有給休暇の取得理由を聞き出したり、取得の妨害をしていなかったとしても、有給休暇を取得した従業員を不利益に取り扱うと、実質的に従業員の権利の行使を妨げてしまっていると評価されるため、注意が必要です。
まとめ
有給休暇をめぐっては、従業員であれば本来誰しもが権利として行使し得るものであり、だからこそ、その取得を妨げることは不平不満に発展しやすいものです。
一般的に、有給休暇の申請は直属の上司など管理監督者に対して行うことが多く、その上司が自己判断で誤った対応をしていると、労務トラブルの火種を生み出してしまいかねません。
少なくとも、管理監督者においては、今回の記事で紹介した内容については、最低限の知識としてしっかりと理解しておいていただきたいと思います。