労働基準法

有給休暇の買い取り(買い上げ)は適法?違法?【労働基準法解説】

労務管理の実務に携わっていると、「有給休暇を買い取る(買い上げる)ことは適法か、違法か」という質問を受けることがあります。

有給休暇の買い取りは、原則として違法になり得るものであり、一定の場合に限り、法律上認められることがありますが、これには正しい理解に基づく運用がなされることが大前提です。

そこで、今回は、有給休暇の買い取りについて、理解を深めていただけるよう、丁寧に解説します。

なお、有給休暇の基本的な内容については、次の記事でわかりやすく説明しています。

有給休暇とは?基準日・日数・賃金・取得義務など労働基準法をわかりやすく解説有給休暇とはどのような制度か? 有給休暇とは? 「有給休暇」とは、会社で定められている休日の他に、従業員の権利として、給料を保障され...

有給休暇の買い取り(買い上げ)とは?

「有給休暇の買い取り」とは、一般に、会社が従業員の有給休暇を、金銭で買い取ることによって、買い取った日数分の有給休暇を消滅させることをいいます。

例えば、会社が従業員の有給休暇1日につき1万円として、10日分を計10万円で買い取るような場合が挙げられます。

有給休暇の買い取りについては、労働基準法には直接的に定められていないため、その運用は法律の解釈によることとなります。

有給休暇の買い取り(買い上げ)は適法?違法?【結論】

結論

結論として、有給休暇の買い取りは、「原則として違法」となります

ただし、これは、「法律(労働基準法)によって定められている有給休暇の日数」の範囲内に限られるものであり、法律を上回る分の有給休暇について買い取ることは問題ありません

理由

有給休暇の買い取りについて、行政通達(昭和30年11月30日 基収4718号)では、次のように示しています。

【年次有給休暇と買上げの予約】

年次有給休暇の買上げの予約をし、これに基づいて法第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じないし請求された日数を与えないことは、法第39条の違反である

上記の「法第39条」とは、労働基準法のうち、有給休暇の権利や日数を定めている条文です。

有給休暇は、従業員の心身の健康を維持・増進するために、会社の所定休日とは別に、休息の機会を与えることを目的とした制度です。

したがって、法律の趣旨に照らすと、現実に休暇を与えることが必要なのであって、買い取りによって従業員の休息の機会を奪うことは、法律の趣旨に反するため許されないという結論になります。

有給休暇の買い取り(買い上げ)が問題とならない3つのケース

前述の法律の趣旨に照らして、次の場合においては、有給休暇の買い取りは問題とならない(違法にならない)と解釈されています。

【有給休暇の買い取りが問題とならない3つのケース】

  1. 法定の付与日数を上回る(超える)分の有給休暇の買い取り
  2. 時効によって消滅した分の有給休暇の買い取り
  3. 退職時において未消化の分の有給休暇の買い取り

①法定の付与日数を上回る(超える)分の有給休暇の買い取り

会社が従業員に対して、労働基準法で定められている有給休暇の日数とは別に、それを上回る日数の有給休暇を与えている場合(一般に「法定外年休」、「会社休暇」などといわれるもの)について、その上回る日数分の有給休暇を会社が買い取ることは、法律上問題ありません。

例えば、勤続6ヵ月を超える従業員について、所定の要件を満たせば、法律上は10日間の有給休暇が与えられるところ、会社がそれを上回る20日間の有給休暇を与えている場合、そのうち10日分は法定外の有給休暇となります。

法定外の有給休暇は、そもそも労働基準法の適用範囲外であることから、この分の有給休暇(10日分)を会社が買い取ったとしても、法律違反の問題は生じません

②時効によって消滅した分の有給休暇の買い取り

従業員に与えられた有給休暇の権利のうち、行使されなかった分は、有給休暇の権利が発生した日(有給休暇の付与日)から2年が経過した時点で、時効によって消滅します(労働基準法第115条)。

この、時効によって消滅した有給休暇の買い取りについては、本来消滅するはずだった有給休暇を買い取るものであり、従業員に現実に休息を確保させるべきとする法律の趣旨は当てはまらないため、これを会社が買い取ることによって法律違反の問題は生じません。

ただし、時効によって消滅した有給休暇を買い取ることは、従業員が「有給休暇を使用せずにとっておいた方が(金銭的には)得になる」という考えに至るおそれがあります。

5日間の有給休暇の取得義務化など、有給休暇の取得を積極的に推進する世の中の流れとは逆行してしまうことが懸念されます。

③退職時において未消化の分の有給休暇の買い取り

従業員が退職する際に、その時点で未消化の有給休暇がある場合に、会社がこれを買い取ることは違法ではありません。

裁判例をみても、退職時の有給休暇の買い取りについて、従業員の退職時において、会社が未消化分の有給休暇を買い取ることは「違法ではない」と判断しています(聖心女子学院事件(神戸地方裁判所 昭和29年3月19日判決))。

会社には有給休暇を買い取る(買い上げる)義務はあるのか?

従業員から会社に対して、有給休暇を買い取るよう請求があった場合、会社はこれに対応しなければならない(有給休暇を買い取らなければならない)義務が生じるのでしょうか。

この点について、裁判例では、会社には、従業員が消化しなかった有給休暇を買い取る法律上の義務はない、と判断しています(創栄コンサルタント事件(大阪地方裁判所 平成14年5月17日判決))。

したがって、従業員から会社に対して、未消化分の有給休暇を買い取るよう請求する権利はなく、また、請求があったとしても、会社がこれに応じる義務はない、ということになります。

有給休暇の買い取りは、あくまで、会社の政策的な判断によって、その裁量の範囲内で行われるべきものであって、従業員の権利として認められているものではありません。

有給休暇の買い取り(買い上げ)金額の計算方法・相場感

有給休暇を買い取る場合には、その買い取り金額をいくらにするかを検討する必要があります。

有給休暇について、「1日あたり、いくらの金額で買い取るか」については、法律上の決まり(計算方法)はありません

したがって、会社は、独自に定めた基準によって、有給休暇を買い取ることができます

買い取り金額の計算方法の参考例としては、次のような方法が考えられます。

【有給休暇の買い取り金額の計算方法(例)】

  1. 法定の有給休暇の取得時と同じ計算方法による
  2. あらかじめ定めた一定額により買い取る
  3. その他(従業員ごとの個別対応など)

①の計算方法は、平均賃金、通常賃金、標準報酬日額の3つの賃金のうち、いずれかを選択する方法によります。

これは、法律よって定められた、本来の有給休暇を取得するときの賃金額の計算方法に準ずるものです。

計算方法の詳細は、以下の記事をご覧ください。

有休取得時の賃金(給料)はいくら?3つの計算方法を正社員・パート(アルバイト)別に解説有給休暇を取得した場合、多くの方は、その日はいつもと同じ給料が支払われていると認識しているのではないでしょうか。 しかし、法律的に...

②は、例えば、「有給休暇1日あたり5,000円で買い取る」などと就業規則に定めておき、従業員の給与額などに関わらず、一律で買い取るような場合をいいます。

また、正社員は1日あたり5,000円とし、契約社員は1日あたり3,000円とするなど、雇用形態や役職などに応じて取り扱いを変えることも考えられます。

なお、買い取り金額の相場感について調査しましたが、公表されている統計資料などが存在しませんでした。

あくまで私見になりますが、実務的には、1日あたり3,000円から1万円あたりに落ち着くことが多いように感じます(会社の規模、買い取る日数などに応じて異なります)。

有給休暇の買い取り(買い上げ)をした場合の税務(税金の取扱い)

有給休暇の買い取りは、そのタイミングによって、税務上の取り扱いが異なることがあるため、注意が必要です。

退職時に有給休暇を買い取る場合、所得税法第30条第1項における「退職所得」として取り扱う必要があります。

退職所得とは、退職金など、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいいます(所得税基本通達30-1)。

また、法定外(超)の有給休暇を買い取る場合、および、時効によって消滅した有給休暇を買い取る場合には、所得税法第28条第1項における「給与所得」として取り扱う必要があります。

有給休暇は、従業員が勤務することに対応して与えられるものであることから、従業員から提供される労働の対価のひとつであり、通常の給与と同様に給与所得して取り扱うこととなります。

まとめ

私見ですが、有給休暇の買い取りは、会社が制度として積極的に導入するという性質のものではないと考えます。

世の中の流れとしては、やはり有給休暇の取得をいかに促進するか、という点に着目すべきであるため、使えなかった有給休暇を積極的に買い取るという発想は、これに相反するものといえます。

例えば、時効で消滅した有給休暇は、買い取るよりも、病気や怪我など、いざという時に備えて積み立てておける制度(積立有給休暇制度)などの方が、福利厚生として手厚く、従業員が安心して働くことができます。

総じて、有給休暇の買い取りは、労働基準法における「ひと昔前の議論」といえるのではないかと考えます。

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上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
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