労務トラブル

もしも「退職代行会社」から退職願が届いたら

退職代行サービス」という言葉をご存知でしょうか。

退職代行サービスとは、会社を退職したいと思っている従業員から依頼を受けて、本人に代わって会社に対して退職の意思表示を行うサービスをいい、このサービスを提供する会社を退職代行会社といいます。

2017年頃から数社がサービスを開始し、最近では弁護士や司法書士の所属する法律事務所も同様のサービスを取り扱うようになりました。

退職代行は、「会社を辞めたい」と思っているにも関わらず、執拗な引き留めをされている場合や、ハラスメントなどによって上司に対する恐怖心があり退職を言い出せないなどの特殊な事情がある場合には、従業員にとって有効な問題解決策になるといえます。

また、相場として3万円から5万円程度で依頼することができ、弁護士などの専門家へ依頼することに比べると、金銭的にもメリットがあるといえます。

 

では、会社にとってはどうでしょうか。

退職代行会社からの通知は、ある日突然に届きます。

このような場合、会社はどのような点に留意して対応するべきなのでしょうか。

今回は、法的な観点から、退職代行会社への対応における留意点について、解説します。

本人への連絡について

退職代行会社から届く通知には、従業員の退職の意思表示と共に、「本件に関する今後の連絡は、すべて●●会社(退職代行会社)までお願いします」という趣旨の文言が記載されていることが一般的です。

退職代行会社に依頼しているのですから、従業員としては、当然ながら会社との連絡や交渉など、煩わしいことは極力避けたいと考えているはずです。

では、会社としては、この通知を受けたことによって、従業員本人へ直接連絡することができなくなり、必ず退職代行会社を間に挟んで退職手続を進めるべきなのでしょうか。

結論をいうと、退職代行会社が登場した後であっても、会社が従業員本人に対して直接電話などの連絡をすることは、法的に問題ありません

退職代行会社は、たとえ本人から依頼を受けている場合であっても、それをもって会社から本人へ直接連絡することを強制的に止めさせるようなことはできません。

そして、会社はまず、「本当に本人の意思によって、退職届が出されているのか」という点を直接本人に確認すべきであると考えます。

退職代行自体が詐欺である可能性もありますし、第三者が間に介入していることで、従業員の真意でない意思が記載されているかも知れません。

このような事実確認を怠って退職をさせてしまい、後になって退職の意思内容に間違いや勘違いがあったことが発覚してしまうようなトラブルは避けなければなりません。

ただし、従業員に連絡をする場合であっても、従業員が退職代行会社へ依頼している背景を察し、連絡の際に離職理由をしつこく問い詰めたり、退職を引き留めるようなことはしてはなりません。

弁護士法と非弁行為

例えば、退職代行会社から届いた通知に、退職日までの有給休暇の消化に関する要求や、未払いの残業代の支払い要求など、退職日や退職理由以外のメッセージが記載されていた場合には、会社としては、その内容のことで本人への確認や交渉をしたいと考えることがあります。

このような場合に、会社は、当該内容について、退職代行会社との間で交渉を行うことは避けなければなりません。

退職代行会社が従業員の代理人になり、従業員の代わりに会社と交渉をすることは法律で禁止されているためです。

弁護士でない者が依頼者からお金をもらって、代理人として法律行為について交渉をすることは、弁護士法第72条で禁止されている「非弁行為」に該当します。

したがって、会社が未払いの残業代などについて交渉をする場合には、退職代行会社ではなく、従業員本人へ直接アプローチをすることが必要になります。

逆に、退職代行会社からこのような交渉をしてきた場合は要注意です。

このような場合には、交渉を行う者の弁護士資格を確認するとともに、弁護士でなければ、交渉をすること自体が弁護士法に違反することをふまえ、交渉を拒否するという対応が必要になります。

「すぐに退職が可能」は本当か?

インターネットで退職代行会社のサービス内容をみると、「当社に依頼すれば、すぐに(即日)退職が可能!」というような宣伝を見かけることがあります。

しかし、これは本当でしょうか?

「今すぐにでも会社を辞めたい」という気持ちをもった従業員は、ある程度存在しますので、このような謳い文句を信じて依頼することもあるでしょう。

しかし、これには法律上の問題があります。

民法 vs 就業規則

例えば、就業規則や雇用契約書において、「退職する際は1ヵ月前までに申し出ることとする」と定められていたとします。

この場合、退職の意思表示をしてから1ヵ月間は絶対に退職することができないのかというと、必ずしもそうとは限りません。

この点、労働基準法をはじめとする労働法には特に決まりがありません。

しかし、契約に関する一般的な法律として「民法」が存在しており、会社と従業員との間には「労働契約」という契約関係が成立しているため、この民法の適用があります。

民法第627条によれば、期間の定めのない雇用契約の場合、従業員が会社に退職の意思表示をしてから2週間で退職の効力が発生します。

つまり、法律で退職が認められるのには、少なくとも2週間を要します。

これに対する退職代行会社の理屈としては、退職の意思表示をしている以上は、会社が強引に授業員を会社に連れてくることはできないため、実質的には、そのまま退職することが多い、というようなことが説明されています。

しかし、従業員が突然会社に来なくなったことで、会社に不測の損害を生じさせてしまった場合には、会社から従業員に対して損害賠償を請求することもあり得ます。

また、引き継ぎを無視した退職や、社会的責任という観点からも、即日辞めることができることをサービスの謳い文句にするような宣伝には疑問を感じます。

以上より、従業員には、退職代行会社の宣伝を鵜呑みにして、軽い気持ちですぐに会社を退職することができる、という考えはもってほしくないと思います。

まとめ

従業員からすれば、退職代行会社に依頼することで、会社との間の煩わしいやりとりから解放されるという点に、魅力を感じるかも知れません。

しかし、会社との間で何らかのトラブルがある状態なのであれば、退職代行会社に法的な交渉権限がない以上、結局は会社と直接交渉する必要性が残ります。

退職時に何らかの労務問題を抱えているのであれば、やはり弁護士に依頼するのが最も適切であり、安易に退職代行会社へ依頼することは、会社との間で無用な軋轢を生みだす結果になる可能性があります。

また、退職代行会社には守秘義務が課せられておらず、労務問題など極めてセンシティブな問題を相談するには、やや不安が伴います。その意味でも弁護士のように法律で守秘義務が課せられている専門家に相談する方が適切であると考えます。

会社側としては、退職代行会社からの通知に対して、過敏になる必要性はまったくありません。ただし、従業員が退職代行会社へ依頼せざるを得ないような、ハラスメントなどの労務問題が背景にありそうであれば、これ以上傷口を広げないために、弁護士等の専門家に相談しながら慎重に対応すべきであるといえます。

今後、慢性的な人手不足により、雇用の流動化が進み、転職に伴う退職も増加することが予想されます。

しかし、勘違いしてはならないのは、「雇用の流動化が進む=退職がしやすくなる」ということではありません。

退職を安易に考え、退職代行会社へ依頼することが当たり前になってしまうような時代が来ないことを切に願います。

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上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
京都の社会保険労務士です。このブログでは、会社経営者様や、人事・労務・総務担当者様に向けて、労務管理に役立つ情報を発信しています。お陰様で当ブログの閲覧数は月間最大17万pv・累計170万pvを突破しました。些細な疑問やご質問でも大歓迎です。お問い合わせは、以下の当事務所のホームページからご連絡ください。