労務トラブル

有給休暇にまつわるトラブル事例10選

有給休暇は、労働基準法で定められている労働者の権利の中でも、最も身近で重要な権利のひとつです。

そして、身近な権利であるが故に、有給休暇にまつわる労務トラブルも後を絶ちません。

そこで、今回は、有給休暇にまつわる労務トラブルについて、10の事例をご紹介するとともに、その法的な問題点と対応について解説します。

以下の事例をケーススタディしていただくことで、労務トラブルの発生を未然に防ぐ一助としていただければ幸いです。

Contents

1.退職する予定の従業員から、「退職日まではすべて有給休暇を消化したい」と要求された(会社側からみたトラブル)

会社
会社
退職する予定の従業員から、「退職日まではすべて有給休暇を消化したい」という要求がありました。会社はこれに応じるしかないのでしょうか

会社によっては、退職する予定の従業員について、会社への最終出勤日を取り決めておき、その後、退職日までは有給休暇を消化してから退職することを認めることがあります。

問題になるのは、このような取り決めがない場合に、退職する予定の従業員から、いきなり「明日から退職日まではすべて有給休暇を消化したい」というような要求があった場合です。

このような場合、会社は従業員の要求に応じなければならない義務があるのでしょうか。

まず、有給休暇の基本的な考え方を確認しましょう。

有給休暇は「従業員が希望する日に、自由にとってもらう」のが大原則です。

ただ、会社側としては、繁忙期やトラブルが発生しているときなど、経営上の観点から、どうしても従業員に働いてもらう必要があるときもあります。

そこで、労働基準法により、もし会社が繁忙期であるなどの理由により、従業員が有給休暇をとることで事業の正常な運営に支障をきたす場合には、例外的に、会社から従業員に対して「有給休暇をとる日を変更してもらうようにお願いする権利(これを法律上、「時季変更権」といいます)」が認められます

ここで「変更」とは、「有給休暇をとらせない」という権利ではないことに注意が必要です。時季変更権は、言い換えると、あくまで有給休暇をとる日を「後にずらしてもらう」ことをお願いする権利でしかありません。

従業員による有給休暇の申請に対して、法律上、会社には「事業の運営に支障がある場合」に限って、「時季(有給休暇をとる日)を変更すること」をお願いする権利しかない。

それでは、この考え方を今回の事例に当てはめると、どうなるでしょうか。

事例では、従業員は退職日まですべて有給休暇を消化したいと要求していますが、ここではすでに退職日が決まっているため、会社が従業員に有給休暇をとる日を変更するようにお願いする余地がありません

つまり、有給休暇を「後にずらす」ことをお願いしようにも、退職日が決まってしまっているので、後にずらす日がありません。

結果として、会社は、従業員の求めに応じて、退職日まで有給休暇を消化することを認めざるを得ない、ということになります。

もちろん、これはあくまで法律論であり、モラルの問題は残ります。

必要な引き継ぎを十分に行わないで、身勝手に退職日までの有給休暇を消化することによって会社に迷惑をかけるような行為は、社会人としての責任感やモラルに問題があります。

無用な労務トラブルを避けるためには、円満退社となるように、従業員が退職する際には、会社と従業員との間で、引き継ぎに要する時間、最終出勤日、退職日、退職日までに消化する有給休暇の日数などをしっかりと話し合い、お互いに納得しておくことが重要になります。

2.有給休暇を申請したが、「お前はまだ半人前だから、仕事ができるようになるまで有給休暇を承認しない」といわれ、有給休暇をとらせてもらえなかった(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
有給休暇を申請したら、仕事が半人前だからという理由で会社に有給休暇をとらせてもらえませんでした。これって法律に違反しませんか

事例1.のとおり、従業員による有給休暇の申請に対して、会社としては、事業の正常な運営に支障をきたす場合に限り、有給休暇をとる日を「変更してもらうように、お願いすること」しか認められません。

さらに、会社ができることは、あくまで「変更」をお願いすることであって、有給休暇そのものをとらせないことはできないということです。

この趣旨から、有給休暇をとる要件として、会社の承認を必要とすることも、法的には認められません。

したがって、この事例では、会社による「有給休暇をとらせない」という行為が、労働基準法に違反します。

なお、この違反による罰則は、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金です。

会社は、従業員による有給休暇の申請に対して、会社の承認を得ることを条件とするようなことはできず、有給休暇をとらせないことは労働基準法に違反する。

ところで、会社の時季変更権について、会社はどこまで有給休暇をとる日を変更する(ずらす)ようにお願いできるのでしょうか。

この点については、法律上の決まりはありません。

ただし、法律の趣旨から考えると、事業の繁忙などの事情が解消された時点で、すみやかに従業員が有給休暇をとることができるように、会社は配慮する必要があると考えます。

したがって、「来月にしてください」など、安易に有給休暇の取得を先延ばしさせるようなことは避けるべきでしょう。

なお、会社としては、有給休暇をとる日を変更するよう指示するだけで足り、「〇月〇日に変更せよ」というように具体的に特定の日を指定する義務まではありません。

3.遅刻をした従業員から、「有給休暇として振替処理をしてほしい」と請求された(会社側からみたトラブル)

会社
会社
遅刻した従業員から、「遅刻した時間を(欠勤にしてほしくないから)有給休暇に振り替えてほしい」との要求があった。会社はこれに応じる義務があるのでしょうか

この事例のポイントは、従業員から行う有給休暇の申請は、事後的に行うことが認められるのかどうか、という点です。

結論をいうと、法律的には、有給休暇を事後に申請されたとしても、これに応じる必要はありません

ただし、これについては、法律論よりも、会社ごとに就業規則などで定めていたり、会社の慣行としてルールが決まっているケースが多いと思います。

例えば、急病や事故などでどうしても事前に連絡することができないようなシチュエーションでは、事後に有給休暇として処理することを認めても良いでしょう。

一方、従業員に落ち度がある単なる遅刻や欠勤の場合には、これを認める必要はないでしょう。

したがって、会社としては、就業規則や雇用契約書などによって、有給休暇の事後申請に関する取り扱いをあらかじめきちんと明記しておくことで、事例のようなトラブルを防止することができると考えます。

有給休暇の事後申請は、法律上は認める必要はない。ただし、申請が事後になってしまった理由によっては、会社の就業規則などで有給休暇として取り扱ってもよい。

4.朝、始業時刻の直前に、従業員から有給休暇の申請があった(会社側からみたトラブル)

会社
会社
当日の朝、始業時刻の直前になって、いきなり従業員から有給休暇をとりたい旨の連絡があった。会社はこれに応じる義務があるのでしょうか

事例3.とは異なり、一応は始業時刻までに、有給休暇の申請をしています。

それでは、有給休暇の申請はいつまでにしなければならないのでしょうか。

労働基準法では、原則として、労働日は「0時から24時まで」の暦日によって計算することとされています。

したがって、有給休暇の申請が始業時刻の直前に行われた場合、法律上は事後申請と解釈されるため、会社が有給休暇をとらせなかったとしても、違法ではありません

また、裁判例でも、「(有給休暇の申請は)会社が時季変更権を行使するための時間的余裕を置いてなされるべきことは事柄の性質上当然である」とするものがあります。

この事例でも、事例3.の事後申請の事例と同じように、就業規則などにより、有給休暇の申請が直前になってしまった理由に応じてあらかじめ取り扱いを決めておくことが、トラブルの防止のために必要であると考えます。

始業時刻直前になされた有給休暇の申請は、法律上は認める必要はない。ただし、申請が直前になってしまった理由によっては、会社の就業規則などで有給休暇として取り扱ってもよい。

5.有給休暇をとったら、会社に人事評価を下げられた(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
有給休暇をとったら、人事評価が下がりました。これって法律に違反しませんか

この事例では、有給休暇をとったことと、人事評価が下がったことの因果関係がはっきりとしません。

仮に、有給休暇をとったことを理由として、会社が意図的に人事評価を下げた場合には、有給休暇は法律で認められた労働者の権利であるため、その行使を妨げるようなことは認められません。

まさらに、上司が「有給休暇をとるなら人事評価を下げる」などと脅して部下に圧力をかけるような悪質な行為は、パワーハラスメントに該当する可能性もあり、非常にリスクのある行為です。

労働基準法では、有給休暇を取得したことによって、労働者が不利益な取り扱いを受けないよう、以下の条文を定めています。

労働基準法第136条

使用者は、第39条第1項から第3項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。

ただし、営業職など、自身の成績に応じて人事評価が決まるような職種において、有給休暇をとることで営業成績が悪化し、結果として人事評価が下がったとしても、法的には問題になる可能性は低いといえます。

あくまで公平で正当な評価基準に基づく結果であり、有給休暇をとったこと自体を評価しているものではない(有給休暇をとったことと、人事評価が下がったことに因果関係がない)ためです。

人事評価を下げることに限らず、有給休暇を取得したことによって、労働者が不利益な取り扱いを受けることは労働基準法に違反する。

6.有給休暇がとりにくいので、有給休暇はすべて会社が買い取っている(会社側からみたトラブル)

会社
会社
当社では忙しくて従業員が有給休暇をとりにくいため、従業員の有給休暇は会社がすべて買い取っている。これって法律に違反しますか

法律上、会社が従業員の有給休暇を買い取ることは原則として認められません。

ただし、以下の場合には例外的に認められます。

  1. 法律で与えられる有給休暇よりも、多くの日数を与えている場合において、法律を上回る部分の日数に限って買い取る場合
  2. 時効によって消滅する有給休暇を買い取る場合
  3. 退職によって消滅する有給休暇を買い取る場合

①法律で与えられる有給休暇よりも、多くの日数を与えている場合において、法律を上回る部分の日数に限って買い取る場合

例えば、法律では20日間の有給休暇が与えられるところ、会社で独自に30日間の有給休暇を与えている場合、法律を上回っている10日分の有給休暇については会社が買い取ることが認められます。

時効によって消滅する有給休暇を買い取る場合

法律上、有給休暇の時効は2年間です。

与えられてから2年間使わなかったことにより、消滅してしまう有給休暇がある場合には、それを会社が買い取ることが認められます。

退職によって消滅する有給休暇を買い取る場合

退職に伴い、退職日までに使わなかった有給休暇の残日数は、原則として退職によってすべて消滅しますが、その消滅する有給休暇を会社が買い取ることが認められます。

要は、法律で定められている有給休暇の権利を買い取ることは、従業員がその権利を行使する機会を奪ってしまうため認められません。

一方、上記①から③の場合については、従業員にとっては法律よりも不利にならないため、会社による有給休暇の買い取りが認められます。

有給休暇の買い取りは、法律を上回る範囲内で行えば、認められる。

7.有給休暇を申請したら、会社から休む理由をしつこく聞かれた(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
有給休暇を申請する際、会社から休む理由を聞かれます。これって法律に違反しませんか

有給休暇をどのような目的でとるのかは従業員の自由であり、会社は休みの理由をしつこく尋ねたり、ましてやその理由によって有給休暇を承認しないというようなことをしてはいけません。

参考判例

年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、とするのが法の趣旨であると解するのが相当である。(昭和48年3月2日林野庁白石営林署事件)

ただし、興味深い裁判例があります。

本当の理由と違った理由を休暇申請書等に記載して休暇の取得申請をしたケースについて争われた裁判です。

この場合、普通に考えると、有給休暇は自由にとらせることが原則である以上、本当の理由と違っていても問題ないだろう、ということになると思います。

しかし、意外なことに判決(古川鉱業事件の高等裁判所判決)では、「勤務に関する所定の手続きを怠ったとき」に該当し、懲戒理由になると判断しています。

有給休暇の申請について、社内の手続として取得申請書などを設けることは問題ないが、休む理由をしつこく尋ねたり、詳細に報告することを強制することは望ましくない。

8.有給休暇を申請したところ、「アルバイトだから有給休暇はない」と会社にいわれ、とらせてもらえなかった(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
会社に有給休暇を申請したら、「アルバイトだから有給休暇は与えられない」といわれました。これって法律的に正しいのですか

アルバイトやパートであっても、一定時間以上働いていれば、有給休暇が与えられる対象になります。

アルバイトやパートで、正社員よりも働く時間や日数が少ない場合には、その時間や日数に応じて、与えられる有給休暇の日数が変わります。

さらに、アルバイトやパートであっても、以下のいずれかに該当する場合には、正社員と同じ有給休暇の日数が与えられます。

  1. 所定労働日数が、週4日または年216日をこえる場合
  2. 所定労働日数が週4日以下でも、所定労働時間が週30時間以上である場合

アルバイトについては、働く日数や時間に応じて有給休暇が与えられる。

9.午前中だけ休みをとりたいが、会社に半日単位で有給休暇をとることを認めてもらえない(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
午前中だけ休みをとりたいので、半日の有給休暇を申請したら、会社から「有給休暇は1日単位でしかとらせられない」といわれました。これって法律的に正しいのでしょうか

有給休暇は1日単位で取得することが原則です。

そして、半日単位の有給休暇については法律で定められている権利ではないので、会社にこれを与える義務はありません

したがって、従業員から半日の有給休暇の申請があった場合、会社がこれに応じる必要はありません。

ただ、実際には、通院などにより、半日単位で有給休暇を使いたい場面は多く、半日単位での有給休暇を認めてほしい、という従業員の声は強いと思います。

そこで、従業員が希望し、会社が同意すれば、半日単位の有給休暇を認めることは問題ありません。

ただし、法律の趣旨からは、従業員が1日単位で希望しているのに、会社から「忙しいから」という理由で半日単位に変更するように指示するようなことは認められませんので、注意が必要です。

半日単位の有給休暇は、従業員に法律上の権利として認められているものではない。

10.月給制で有給休暇をとったら、いつもより給料が少なくなった(従業員側からみたトラブル)

従業員
従業員
有給休暇をとったら、いつもの給料よりも少ない金額が支給されました。これって法律違反になりませんか

従業員「有給休暇をとったら、いつもの給料よりも少ない金額が支給されました。これって法律違反になりませんか」

有給休暇をとった場合の賃金については、法律により以下の3つの計算方法が定められています。

  1. 通常の賃金を支払う方法
  2. 平均賃金を支払う方法
  3. 標準報酬日額を支払う方法

①通常の賃金を支払う方法

いつもどおり勤務した場合と同じ賃金を支払う方法です。

つまり、有給休暇をとらなかったと仮定して、普通に給料を支払うというものです。

この方法では、特に賃金の計算などをする必要はなく、月給でしたら、そのままいつもと同じ賃金を支払うだけです。

分かりやすく、もっとも不満が起こりにくい方法であるといえます。

②平均賃金を支払う方法

平均賃金とは、過去3ヵ月間に対して支払われた賃金を暦日で割ることにより、賃金の平均額を算出する方法です。

ただし、その3ヵ月間に支給されたボーナスなど特別なものは原則として計算から除かれます。

したがって、日給月給制の場合、一般的には有給休暇をとることで、賃金が有給休暇をとらなかった月よりも少なくなることがあります。

③健康保険の標準報酬日額

これは、健康保険の社会保険料を計算するときに用いる「標準報酬月額」を、日割りで計算する方法です。

標準報酬は実際の賃金額よりも高くなる可能性がある一方、金額に上限があるなど、従業員にとって不利になる場合もあります。

有給休暇をとった日の賃金は、法律により3つの計算方法が定められている。

上記のうちどの方法によるかは、会社の就業規則や雇用契約書によって決められます。

したがって、法的に正しい方法によって計算している限り、問題になることはありません。

ただし、会社が選べる計算方法は一つだけであることに注意してください。

「一番賃金が安くなる計算方法を、会社がその都度選択する」というような運用は認められません。

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上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
京都の社会保険労務士です。このブログでは、会社経営者様や、人事・労務・総務担当者様に向けて、労務管理に役立つ情報を発信しています。お陰様で当ブログの閲覧数は月間最大17万pv・累計170万pvを突破しました。些細な疑問やご質問でも大歓迎です。お問い合わせは、以下の当事務所のホームページからご連絡ください。