労務トラブル

「退職合意書」とは?作成目的、合意内容、作成時の注意点を記載例をもとに解説

退職合意書とは?

退職合意書とは?

退職合意書」とは、従業員が退職する際に、会社と従業員との間で、退職時または退職後の条件や遵守事項などについて合意する書面をいいます。

退職合意書の法律上の根拠

退職合意書の作成は、法律で義務付けられているものではありません

あくまで、会社の判断によって任意に作成するものです。

また、合意を前提とする書面であるため、従業員が署名を拒む場合や、合意内容に折り合いが付かない場合には、退職合意書を締結することはできません。

退職合意書を作成する目的

退職合意書を作成する目的

一般的に、退職合意書を作成する目的は、会社と退職した従業員との間で、退職後に訴訟などのトラブルが生じることを防止し、または企業秘密やノウハウの流出を防止するなど、リスク管理のために締結するものです。

訴訟などのトラブルの防止の観点

在職中や退職時に何らかの問題が生じていた従業員について、退職後に残業代などの金銭要求をされたり、訴訟を提起されることを防止するために、退職合意書を締結することがあります。

特に、法律上、従業員が自主的に退職したのか、それとも会社による解雇によって退職したのかどうかは、訴訟の結果にも多大な影響を与えます

退職合意書には、会社による解雇ではなく、従業員が自分の意思で退職したことを証明するという重要な役割があります。

リスク管理の観点

会社としては、従業員が退職した後は、雇用契約や就業規則などによって、その従業員の行動を規律することができなくなります。

そこで、退職後に情報漏えいなどのトラブルを防止するために、従業員に退職後も引き続き遵守してほしい内容を記載した退職合意書を取り交わすことがあります。

「合意退職」と「解雇」の違い

以上の性質から、退職合意書は、従業員が「合意退職」をする場合に取り交わすことが一般的です。

合意退職とは、会社と従業員との話し合いに基づく合意によって、雇用契約を終了させるものです。

合意退職をする場面としては、会社が従業員に対して退職を勧奨する「退職勧奨」に伴うことが一般的です。

「退職勧奨」とは、会社が退職をさせたい従業員に対して、退職を勧めることによって、従業員が退職するように働きかけることをいいます。

このとき、退職金を上乗せするなど、通常の退職よりも有利な条件を提示することもあります。

双方納得の上での合意に基づく退職である点で、社員の意思にかかわらず会社が一方的に退職させる「解雇」とは異なります。

前述のとおり、会社の労務管理においては、従業員との間の雇用関係が終了する場面において、従業員の自発的な意思に基づく「退職」であるのか、または、会社による「解雇」であるのかによって、法律上の評価には大きな違いがあります。

しかし、現実には、会社側は退職勧奨によって、双方納得の上で合意退職したと認識していても、後になって、従業員から「あれは解雇だった」「合意をした覚えはない」などと主張され、解雇の無効を争う訴訟を提起されるケースがあります。

そこで、退職勧奨による退職が、「解雇」に基づく退職ではないことを証明するための手段のひとつとして、退職合意書を作成することにより、従業員が納得して退職に至ったことを記録しておくことが、会社の労務リスクを低減するうえで重要になります。

退職合意書と類似する書面

退職時の誓約書

退職合意書と似た書面として、「退職時の誓約書」があります。

退職時の誓約書は、従業員から会社に対して、退職後も遵守すべき事項を誓約するものです。

ここには会社側の義務や遵守事項は記載されないことが一般的です。

誓約書には、退職後に機密情報やノウハウなどを漏えいしない、あるいは同業他社への就職などの競業取引をしないといったことを記載することが一般的です。

退職証明書

労働基準法において、「退職証明書」という書面が定められています(労働基準法第22条)。

退職した従業員が会社に対して請求した場合には、会社は、退職について一定の事項を記載した証明書を交付する義務があります。

この書面は会社が作成し、従業員に対して交付するもので、そこに双方の合意は存在しません。

退職届・退職願

退職届(願)は、従業員から会社に対して、自ら退職を申し出るための書面です。

退職届(願)には、退職後の遵守事項などについて記載されることはありません。

退職合意書で取り決める内容(合意内容)

退職合意書でどんな内容を取り決め、合意するかについては、法律上の定めがないため、会社と従業員との間の話し合いによって決まります。

一般的には、退職合意書には次の内容を記載します。

【退職合意書で取り決める内容の例】

  • 合意で退職する旨
  • 退職日
  • 権利の清算条項(未払い賃金)
  • 退職金
  • 退職理由(会社都合または自己都合)
  • 秘密保持義務
  • 競業避止義務
  • 業務の引継ぎに関する義務

退職合意書の記載例と、作成時の注意点

以下、実際に退職合意書を作成する際の記載例をもとに、重要なポイントを解説します。

なお、記載例において、「甲」とあるのは会社、「乙」とあるのは従業員とします。

合意で退職する旨の記載

退職合意書には、会社による解雇ではなく、従業員が自分の意思で退職したことを証明する役割があります。

そこで、「解雇による退職ではない」ということが明確に分かるように、「合意によって退職する」ことを明記しておくことが望ましいといえます。

また、併せて退職日を明記します。

【記載例】

甲と乙は、甲乙間の雇用契約を●年●月付で終了し、同日に乙が甲を退職することを合意する。

未払い賃金の清算に関する条項

退職する際において、未払いとなっている賃金がある場合に、当該賃金を清算するための条項です。

未払いとなっている賃金とは、例えば、月例の給与、残業代の未払い分、退職金などが挙げられます。

ポイントは、賃金であれば、具体的にいつからいつまでの労働に対する賃金であるのか、その期間と額を明記する点です。

賃金についてトラブルになる場合には、過去に遡って請求されるケースが多いため、「何年何月何日の分までの賃金は、確かに支払った」ということを会社が証明するためにも、できる限り具体的に明記しておくことが望ましいといえます。

単に、「清算金として100万円支払う」という記載だけでは、書面からはその内容がまったく判別できないためです。

また、退職金について、退職勧奨をする際の交渉材料として、退職金の額を上乗せすることがあります。

その場合には、「特別退職金として、金●円支払う」というように、通常の退職金に対して、退職金をいくら上乗せしたのか、判別できるように記載します。

【記載例】

甲は乙に対して、●年●月●日までに、甲が支払うべき最終の給与として、●年●月●日から●年●月●日までの給与として合計金●円を乙の指定する銀行口座に振り込むことにより支払う。

また、上記の期日までに、併せて退職金として金●円を乙の指定する銀行口座に振り込むことにより支払う。

なお、この場合の振込手数料は甲の負担とする。

甲および乙は、上記の最終給与および退職金の支払いをもって、本合意書に定めるものの他に、一切の債権債務関係がないことを相互に確認する。

退職(離職)理由に関する条項

会社都合による退職なのか、自己都合による退職なのかを明記します。

離職理由は、従業員が退職後に雇用保険から失業給付を受ける際に影響が生じます(会社都合による離職の方が、受給日数や期間が有利になる)。

合意退職は、双方の合意のもとに行われるものであるため、会社都合であるのか、自己都合であるのか、曖昧といえます。

従業員にとっては、退職理由は、退職後の失業給付の内容に影響する場合があることから、退職勧奨においては、従業員から「退職理由を会社都合にしてほしい」と要求されることがよくあります。

このように失業給付を多く受給したい意思が明らかな場合には、会社が発行する離職票に記載する離職事由を合意することもあります(下記の記載例参照)。

逆に、会社都合退職になると、退職後の就職活動に悪い影響があるのではないかなどと考えたり、あるいは既に就職先が決まっていて失業給付が問題にならない場合には、自己都合退職のままで構わないという従業員もいます。

このあたりは、会社側の都合だけでなく、従業員の意思を尊重しつつ、話し合いによって退職理由を慎重に決定する必要があります。

【記載例】

前条の雇用契約の終了については、甲および乙の双方が納得の上での合意退職であることを確認する。

甲が発行する離職票の離職事由は会社都合退職とする。

守秘義務に関する条項

従業員が退職後において、退職合意書の内容などを他の従業員に口外しないように守秘義務を定め、またはSNSなどで会社への誹謗中傷を書き込むことなどを防止するために定めるものです。

【記載例】

甲および乙は、本件退職に関する事項については、正当な理由がある場合を除き、第三者には一切口外しないことを相互に確認する。

また、乙は、甲の不利益となる情報を第三者に開示せず、今後相互に誹謗中傷しないものとする。

競業避止義務に関する条項

競業とは、従業員が自社のノウハウや秘密情報をもって独立したり、同業他社に就職することなどをいい、特に会社で役職を担っていた従業員や、機密性の高い業務に携わっていた従業員については、退職後一定期間は競業するような独立や就職しないよう、制限を設けることがあります。

【記載例】

乙は、退職後●年以内の間においては、事前に甲の許可を得た場合を除き、競業する会社へ転職すること、および競業する事業を自ら行うことができないものとする。

また、乙は、甲の既存の顧客に対して一切の営業行為を行ってはならないものとする。

引継ぎ業務に関する条項

その他、従業員が退職するまでの引継ぎ義務についても、トラブルになるケースがありますので、退職時までに引き継ぐ事項がある場合には、その旨を記載します。

退職合意書の効力が問題となるケース

合意退職は、会社と従業員との合意、つまり意思の合致によって雇用契約を終了させるものです。

しかし、従業員の意思が真意に基づかない場合には、退職合意の効力が否定されることもあります

つまり、従業員の退職の意思表示が強迫や錯誤に基づくため、退職の合意を取り消すよう主張される場合があり、この場合には、法律上、退職合意の効果が生じなかったものとして、雇用契約が存続するものと扱われてしまうリスクがあります。

退職合意書は、会社にとって有利な条件にすればするほど、合意のハードルは上がり、合意に至らない可能性が高まります。

会社の交渉担当者が合意を急ぐと、従業員に対して無理強いをしてしまうことがあり、それが強要と判断されると、退職合意書の効力自体に問題が生じるリスクがあります。

そこで、話し合いの前に、会社として譲歩できる点、できない点をしっかりと事前検討しておき、従業員の意向を踏まえながら慎重に交渉を進めていくことが求められます。

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上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
京都の社会保険労務士です。このブログでは、会社経営者様や、人事・労務・総務担当者様に向けて、労務管理に役立つ情報を発信しています。お陰様で当ブログの閲覧数は月間最大17万pv・累計170万pvを突破しました。些細な疑問やご質問でも大歓迎です。お問い合わせは、以下の当事務所のホームページからご連絡ください。