従業員が遅刻・欠勤をした場合には、原則として、その時間の賃金は控除され、従業員に支払われることはありません。
しかし、実際には、急病や災害など従業員が遅刻・欠勤するに至った事情によっては、会社の判断によって、いわば温情的に有給休暇に振り替えて処理することにより、賃金を支払うことがあります。
これとは逆に、遅刻・欠勤をした従業員の方から、寝坊など正当な理由のない遅刻・欠勤であるにも関わらず「有給休暇に振り替えてほしい」という主張をされる場合もあり、会社が対応に困るケースもあります。
そこで、今回は、有給休暇の事後振替について、法的な問題点や就業規則の規定例について解説します。
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原則的な取り扱い(欠勤控除・不就労控除)
まず、原則的な取り扱いを確認します。
従業員が遅刻・欠勤をした場合には、原則として、その時間に相当する賃金は控除され、支払われることはありません。
これは、「ノーワーク・ノーペイの原則」にもとづく取り扱いです。
賃金の控除については、以下の記事を参考にしてください。
しかし、原則論はさておき、実務上は、遅刻・欠勤の場合において、これを事後的に有給休暇に振り替えることを認めるべきかどうかが問題になることがあります。
従業員から「有給休暇への事後振替」を求められた場合
有給休暇の請求はいつまでにすべきか?
そもそも、従業員が有給休暇を取得する場合、その請求はいつまでに行うべきなのでしょうか。
法律上「休暇」とは、原則として「1日」を単位として取得するものと解されています。
また「1日」とは、0時から24時までの暦日をいいます。
したがって、理論的には、従業員が有給休暇を取得するためには、遅くとも前日の24時までに、会社に対して請求をすることが必要です。
従業員から「有給休暇への事後振替」を求める権利はあるか?
遅刻・欠勤をした従業員の方から、会社に対して「遅刻・欠勤を有給休暇に振り替えてほしい」ということを求めることのできる法律上の権利はありません。
逆にいうと、会社は、従業員からこのような求めがあったとしても、これに応じる義務はありません。
有給休暇の取得は、いかなる場合でも認められるものではなく、休暇の取得によって事業に支障が生じる場合には、会社は「時季変更権」を行使して、別の日に有給休暇を取得するよう指定することができます。
この会社側の権利を保護するためにも、従業員による事後振替は認められないと解されています。
裁判例(新潟地方裁判所 昭和37年3月30日判決)でも、「年次有給休暇請求権による休暇の時期をいつに決定するかは使用者に留保されるべきであるから、年次有給休暇を請求する場合、労働者はあらかじめ時期を指定し、これを使用者に通知することを必要とし、労働者において任意に遅刻その他の事情により就業にさしつかえた日を有給休暇に振りかえることはできないものと解すべきである」と判断しています。
会社の制度として「有給休暇への事後振替」を認める場合
遅刻・欠勤理由による取り扱い
有給休暇への事後振替は従業員の権利ではないとしても、実際には、会社が制度的・温情的にこれを認めることが一般に行われています。
これは、遅刻や欠勤をした理由が、急病や災害など、従業員にとって落ち度がない場合にまで、賃金を控除してしまう取り扱いが、従業員の不平不満につながるおそれがあるためです。
ただし、いくら温情的な取り扱いであって、従業員にとって有利な取り扱いであったとしても、有給休暇を取得するかどうかは、従業員の権利であることから、会社が一方的に(勝手に、自動的に)振り替えることはできません。
したがって、有給休暇への事後振替を認めるとしても、あくまで従業員の申出がある場合に限られ、従業員からの申出がない場合には、原則どおり遅刻・欠勤として取り扱う必要があります。
1時間単位・半日単位(半休)の有給休暇との関係
有給休暇への事後振替を認めるとしても、問題になるのがその時間です。
1日の所定労働時間のすべてを欠勤する場合は、単純に1日分の有給休暇と振り替えることで事足りますが、遅刻の場合、例えば30分の遅刻で1日分の有給休暇に振り替えることができず、また、30分を単位とする有給休暇を取得させるわけにもいきません。
例えば、朝に30分の遅刻をした場合、半日単位の有給休暇として午前中の取得を認めたとしても、「残りの時間をどう取り扱うか」が問題となります。
この点については、有給休暇を1時間単位で取得させることのできる制度を導入することにより、ある程度は調整できる場合もありますので、あらかじめどのように取り扱うか、取り決めておくことが望まれます。
なお、1時間単位の有給休暇については以下の記事を参考にしてください。
懲戒処分・人事評価との関係
懲戒処分との関係
理由のない遅刻や無断欠勤については、会社として、これに対する懲戒処分(けん責や減給など)を行うことがあります。
懲戒処分は、当然ながら「労働義務のある時間」について、正当な理由なく働かなかったことを非違行為として処分するものです。
したがって、従業員が有給休暇を取得した場合には、その時間(日)はそもそも労働義務がないこととなりますので、遅刻・欠勤という概念がなくなります。
つまり、ひとたび有給休暇への事後振替を認めた以上は、会社はその遅刻・欠勤に対する懲戒処分を行うことはできなくなることに留意が必要です。
裁判例(新潟地方裁判所 昭和37年3月30日判決)においても、「使用者において労働者の申し出により遅刻その他の事情で就業にさしつかえた出勤日を年次有給休暇に振りかえた場合には、その出勤日は、あらかじめ決定されている休日を同じく始業終業時刻当初からの休日となるのであるから、右出勤日における労働者の遅刻などの就労態度を、通常の出勤日と同様に評価し就業規則違反の責任を問うことは相当でない」と判断しています。
人事評価との関係
労働基準法第136条では、会社は、有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない旨が定められています。
したがって、遅刻・欠勤を有給休暇に事後振替した場合には、遅刻・欠勤という事実をもって、人事評価を低くすることなどの取り扱いを行うことはできません。
就業規則の規定例
有給休暇への事後振替を認める規定例
第〇条 従業員が有給休暇を取得する場合、遅くとも有給休暇を取得しようとする日の前日までに、所属長に対して届け出なければならない。
2 従業員が前項の届け出をしなかった場合には有給休暇の取得を認めない。ただし、前日までに届け出をしなかったことについて、急病・怪我等のやむを得ない事由があると会社が認めた場合に限り、これを事後的に有給休暇に振り替えることがある。この場合、会社は医師の診断書等、やむを得ない事由を証明するための書類等の提出を求めることがある。
規定例の「やむを得ない事由」の判断に際しては、従業員の虚偽の申出を防止するためにも、証拠書類の提出を求める場合があることを定めておいてもよいでしょう。
例えば、急病・怪我の場合には「医師の診断書、診療費用にかかる医療機関の領収証」などの提出、交通機関の遅延や交通事故の場合には「遅延証明書、交通事故証明書」などの提出を求めてもよいと考えます。
曖昧な運用をすると、従業員の間で不公平感が生じる場合があるためです。
有給休暇への事後振替を認めない規定例
第〇条 従業員が有給休暇を取得する場合、遅くとも有給休暇を取得しようとする日の前日までに、所属長に対して届け出なければならない。
2 従業員が前項の届け出をしなかった場合には有給休暇の取得を認めない。
前述のとおり、有給休暇の事後振替を認めるかどうかは会社の裁量の範囲内であるため、規定例のように、事後振替を認めないとしても、法的には問題ありません。