Part1法律編に続き、賃金編では、従業員を定年後、再雇用する際の賃金について解説します。
年金の支給開始年齢の引き上げに伴い、定年後、年金の支給までに無収入の期間が生じることがあり、その場合、再雇用後の賃金がどうなるのか、従業員にとっては最大の関心ごとになります。
一方、会社としては、人件費との兼ね合いなどの理由で、定年後に賃金の見直しを行うことが多いと思いますが、再雇用に伴い賃金を減少させるとしても、その賃金が世間一般的にみて妥当な水準であるかどうか、法律に抵触しないかどうかなどを勘案しながら、慎重に賃金を検討していかなければなりません。
そこで、今回は、会社が再雇用する従業員の賃金を検討する際に参考となるような情報を提供させていただきます。
定年・再雇用に伴う賃金水準
世間的には、定年・再雇用に伴い、賃金水準がどのように変化するのでしょうか。
厚生労働省による賃金構造基本統計調査をもとに、賃金の変化イメージを作成しました。
統計に表れている60歳以降の賃金については、必ずしも再雇用されている場合の賃金とは限らないため、一概には言えませんが、一般的には、60歳以降は再雇用などに伴い、60歳前の賃金よりも減少することが実情のようです。
賃金水準の変化をみると、60歳前から65歳にかけて、賃金が30%ほど減少しています。
意欲ある定年退職者を積極的に活用することが理想ではありますが、会社にとって人件費をコントロールする必要性などから、実際には、定年に伴い賃金が減少する会社が多いようです。
なお、55歳を超えたあたりから賃金カーブが減少し始めているのは、おそらく役職定年制などを導入している会社の影響かと思われます。
さらに、別の統計資料をご紹介します。
東京都が2012年に実施した「高年齢者の継続雇用に関する実態調査(回答数951社)」です。
この統計では、定年時の賃金に対して、賃金が「5~7割(赤字部分)」に減少している会社が半数を占めています。
そして、定年時と同じ賃金の会社は1割もありません。
以上、統計資料から、世間一般的には、定年に伴い賃金が約3割程度減額されることが多いことが読み取れます。
世間水準を逸脱する大幅な賃金の減額は、定年前後の従業員のモチベーションの低下や、人材の流出を招く可能性があるので注意が必要です。
定年・再雇用に関する裁判例
定年後の再雇用に伴う賃金水準の引き下げについては、その引き下げを不服とした裁判例がいくつかありますので、ご紹介します。
中でも最も参考になるのは、最高裁判所の判決である「長澤運輸事件」です。
長澤運輸事件では、最高裁判所は、定年・再雇用における賃金が何をもって不合理になるかについては、年収水準が定年前に比べて何%程度になったかなど、総額を比べることよりも、具体的に賃金の中身をみて、手当などの各賃金がそれぞれどのような趣旨で支払われているかについて、個別に検討していかなければならないことを示しました。
九州惣菜事件では、再雇用に伴い賃金が定年前の約25%にまで引き下げられた事案について、違法と判断されました。
福岡高等裁判所は、「再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有するものである」と述べています。
雇用保険による給付(高年齢雇用継続基本給付金)
定年後に再雇用し、雇用保険の被保険者となった場合には、雇用保険から給付を受けることができます。
このときの給付を、正式には「高年齢雇用継続基本給付金」といいます。
この給付は、原則として定年前から引き続いて60歳以降に同じ会社で継続雇用されている60歳以上65歳未満の方を対象としたものです。
再雇用する場合には、会社から支給する賃金に併せて、雇用保険から受け取る給付を織り込んで賃金設計をすることができます。
以下、給付の内容を簡単にご説明します。
この給付は、再雇用後の賃金が、60歳時点の賃金の75%を下回る場合に支給されます。
給付額が最大となるのは、再雇用後の賃金が、60歳時点の賃金の61%未満であるときで、この場合、再雇用後の賃金の15%が支給されます。
そして、再雇用後の賃金が、60歳時点の賃金の61%を上回り、75%に近づくにつれて、給付額が逓減していき、75%に達したときに給付額はゼロになります。
以下、例を挙げます(実際には、もっと細かく計算されます)。
①定年(60歳)時点の賃金…300,000円
②定年後、再雇用された賃金…150,000円
【結論】
②が①の賃金の75%を下回る(50%)ため、支給要件を満たしている
②が①の賃金の61%未満であるため、②の15%(22,500円)が支給される
よって、再雇用後に受け取ることができるのは、計172,500円となります。
まとめ
以上を踏まえ、定年・再雇用に関する賃金については、以下のような手順で検討するのがよいと考えます。
①再雇用する従業員の職務と役割を明確にする
→定年前と同一の業務なのか、それとも異なる業務なのかを明確にします。
②再雇用する従業員に支給する賃金について、定年前の賃金と比較しながら各賃金項目を個別に検討する
→定年前と同じ業務に従事しているのであれば、職務手当や基本給部分は原則として同じになりますが、異なる業務に従事しているのであれば、その業務に従事している他の従業員の手当などと比較して検討する必要があります。
③賃金水準について、確認する
→世間水準を踏まえて、再雇用に伴い賃金を減額する場合には、できれば定年前の賃金の5~7割程度の範囲内に収まるようにします。
→あまりにも大幅な減額(2割程度になる、など)にはリスクが伴います。
④雇用保険の給付を含め、最終的に本人が受けとる年収を把握しておく
→本人に対して再雇用後の労働条件を通知する場合には、会社から支給する賃金と、雇用保険による給付額を伝え、最終的に再雇用後の年収がどの程度になるのかについて本人に説明することが望ましいと考えます。