政府が主導する「働き方改革」のひとつの柱として、「同一労働同一賃金」があります。
同一労働同一賃金の実現に向けて、2020年4月1日に法律が改正されますが、実際にどのような実務対応をすればいいのか、頭を悩ませている会社もまだまだ多いことと思います。
そこで、この記事では、同一労働同一賃金の超基本から、会社における実務対応まで、わかりやすく解説します。
Contents
「同一労働同一賃金」とは?その概要と目的
同一労働同一賃金とは?
「同一労働同一賃金」とは、すごく簡単にいうと、「同じ仕事をしているなら、雇われ方に関係なく、同じ給料をもらうべき」という考え方に基づく制度です。
もう少し固く説明すると、「会社は、職務内容が同じであれば(=同一労働)、雇用形態に関係なく(=正規雇用か非正規雇用かを問わず)、同じ金額の賃金(=同一賃金)を従業員に対して支払うべき」という考え方に基づく制度をいいます。
正規雇用とは、いわゆる正社員をいい、非正規雇用とは、アルバイト、パート、契約社員など、働く時間が正社員より短い、あるいは、あらかじめ雇用期間が決まっている働き方をいいます。
法律の改正によって、会社は、正社員と同じ仕事をしているのにも関わらず、単に「非正規雇用だから」というだけの理由で、給料などの待遇に差を設けていると、法的にその待遇差は認められず、改善することを義務付けられることになります。
諸外国では、「職務給」という名の「特定の仕事に応じた賃金を支払う」という考え方が浸透していますが、日本の賃金制度は、仕事内容そのものだけでなく、年齢、役職、経歴、能力など、多くの要素から賃金が構成されているケースが多いためです。
同一労働同一賃金の目的
同一労働同一賃金の目的は、正規雇用と非正規雇用との間の不合理な待遇差を解消することによって、国民がどのような働き方(雇用形態)を選択したとしても、納得が得られる処遇を受けることができ、自分のライフスタイルにあわせて多様な働き方を自由に選択することができる社会の実現を目指しています。
そして、これによって、「一億総活躍社会」を実現し、ひいては日本全体の生産性を向上させることが目的です。
2017年時点で、非正規雇用で働く人の数は2,000万人を超え、日本全体でみると働く人の約4割(37.3%)を占めています(出典:総務省労働力調査)。
これら非正規雇用の待遇を改善し、老若男女を問わず、さらに多くの人が労働市場に参加することで、日本全体の生産性を底上げすることが期待されています。
「同一労働同一賃金」という法律は存在しない?
まず、誤解されている方が多いのですが、今回の法律の改正で、新しく「同一労働同一賃金」という名前の法律ができるわけではありませんし、法律の条文の中には、そもそも「同一労働同一賃金」という言葉は1ミリも登場しません。
「同一労働同一賃金」というのは、あくまで法律の根底にある「考え方」のひとつです。
言葉だけをみると、正規雇用と非正規雇用との賃金の額をまったく同じにしなければならないと勘違いさせやすいのですが、法律は、あくまでも「正規雇用と非正規雇用との間に不合理な差別(≒理由のない差別)があってはいけない」ということを定めているだけにすぎません。
したがって、ちゃんと説明できる合理的な理由があれば、正規雇用と非正規雇用との間で、賃金の額などに差があっても、まったく問題ありません。
そして、実は、「労働契約法」という法律の中で、すでに「不合理な労働条件の禁止」が定められています(第20条)。
そして、この法律を根拠にして、正規雇用と非正規雇用との間の待遇差が不合理であるとして、裁判になったケースもすでに多数あります(「ハマキョウレックス事件」などが有名です)。
そうです。
今回の法律の改正では、その考え方に基づいて、さらに不合理な差別の解消に向けた動きを加速させるために、「パートタイム労働法」など非正規雇用に関する法律において、会社の義務をこれまでよりも明確に定めるなど、内容の見直しが行われ、条文が再整備されました。
なお、これに伴って、先ほどの労働契約法の条文は削除されることになりました。
同一労働同一賃金はいつから施行されるの?
同一労働同一賃金に関連して改正される法律は、主に「パートタイム労働法」、「労働者派遣法」の2つです。
パートタイム労働法は、法律の改正によって名称が変わり、正式には「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆる「パートタイム・有期雇用労働法」)」になります。
なお、派遣労働者については、短時間労働者・有期雇用労働者とは少し違う枠組みで法律が適用されるため、以下の記事でまとめています。
法律の施行日は、その会社が大企業であるか、中小企業であるかによって、1年異なります。
【法律の施行日】
- 大企業…2020年4月1日施行
- 中小企業…2021年4月1日施行
中小企業の定義
大企業と中小企業の区分は、以下の表を参考にしてください。
会社単位でみて、金額または人数のいずれかの要件に該当すれば、中小企業に該当します。
業種 | 資本金の額または出資の総額 | 常時使用する労働者数 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の事業 | 3億円以下 | 300人以下 |
法律の施行日とは?
施行日というのは、法律が改正されて、「この日以降、法律を守らなければいけなくなる」というタイミングになる日をいいます。
ここで注意しなければならないのは、会社は、この施行日の時点で、「すでに」同一労働同一賃金の状態にしておかなければならない、ということです。
そうですね。
同一労働同一賃金への対応は、賃金体系の見直しや、就業規則の改訂など、対応に時間がかかることが予想されますので、早めの対応が必要です。
法律の対象者は?
同一労働同一賃金は、原則として、3つの働き方をしている人を対象に、法律が整備されています。
それは、「短時間労働者」、「有期雇用労働者」、「派遣労働者」です。
短時間労働者とは
「短時間労働者」とは、簡単にいうと、同じ会社で働いている正社員に比べて、1週間の所定労働時間が短い人をいいます。
極端な話ですが、例えば、正社員の所定労働時間が「週40時間」と定められている会社で、週に39時間の所定労働時間で働いている方は、短時間労働者に該当し、法律の対象になります。
有期雇用労働者とは
「有期雇用労働者」とは、会社との間で、あらかじめ雇用期間を定めて雇われている人をいいます。
正社員と同じ時間、同じ日数で働いていたとしても(例えば、フルタイムの契約社員)、雇用期間が定められていれば、有期雇用労働者に該当し、法律の対象になります。
一般的にはパート・アルバイトの方が該当しますが、契約社員や嘱託社員なども見落とさないように注意しましょう。
【重要】待遇差が不合理であるかどうかの判断基準
待遇差が不合理であるかどうかの判断基準
パートタイム・有期雇用労働法では、以下のとおり定められています。
- 職務の内容(業務内容・責任の程度)
- 職務の内容および配置の変更の範囲
- その他の事情
均等待遇と均衡待遇
正規雇用と非正規雇用との間の待遇差は、上記の①から③における違いを考慮して、バランスのとれたものにする必要があります。
これを「均衡待遇」といいます。
一方、もし、正規雇用と非正規雇用とで①と②を比較した結果、両者に違いがない(まったく同じ)場合には、待遇差を設けること自体が禁止され、両者を同じ待遇にしなければなりません。
これを「均等待遇」といいます。
具体例
例を挙げて説明します。
あるスーパーに勤務している正社員のAさんと、アルバイトのBさんがいるとします。
正社員のAさんの給料は時給にすると2,000円、アルバイトのBさんの時給は1,000円だったとします。
このとき、AさんとBさんとの間に、1,000円の待遇差が生じていますが、この1,000円は、一体どのような理由から生じているのかを、Bさんに説明できるようにしなければいけません。
例えば、AさんとBさんに共通する業務内容として、「レジ打ち」、「商品の陳列」があったとします。
しかし、Aさんは、それに加えて、正社員として、「在庫の管理」や、「現金などの出納管理」、「部下の指導」を行っており、現場の責任者として働いていたとします。
そうなると、その分だけ、AさんとBさんの給料の額に差が生じているとしても、おかしくはありません。
つまり、AさんとBさんの間の待遇差は、仕事の内容や責任を適切に反映した結果であり、不合理ではありません(①の「職務の内容」の判断基準)。
また、Aさんには転勤の可能性があり、数年ごとに、他の地域の店舗に異動する必要があり、また、業務内容もジョブローテーションによって変わる可能性がある一方、Bさんは転勤がなく、今後も同じ店舗で、同じ業務内容で働き続けることが予定されています。
すると、②の「業務内容・配置の変更の範囲」の判断基準によっても、どうやらAさんの給料額が多いことには、説明のできる合理的な理由がありそうです。
これはごく簡単な例ですが、このように、会社は、個々の仕事内容や、自社の人材活用の仕組みなどを洗い出しながら、待遇差についてきちんと説明できるよう準備をしていくことが求められることになります。
待遇差の比較の方法
でも、実際のところ、会社の給料って、基本給や手当、それに賞与や退職金などが重なり合っていて、複雑なこともありますよね。
単純に給料を比較できないケースも多そうです。
確かに、例のように比較できれば話は簡単なのですが、日本の賃金体系は、基本給のうえに役職手当や通勤手当、住宅手当など、複数の手当が上乗せされていることが多いため、もう少し、踏み込んで検討していく必要があります。
それでは、実際にどのように比較するのかというと、
「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、個別に比較していく」
ことが、必要になります。
これは、超重要なので知っておいてください。
つまり、給料の内訳が基本給や手当などの項目に分かれているのであれば、それぞれの項目ごとに、個別に、前掲の判断基準に照らして、不合理であるかどうかを見極めていかなければなりません。
例えば、基本給で比較すると不合理ではなくても、通勤手当で比較すると不合理である、という結果になることがあります。
そうなると、通勤手当については、見直しが必要になります。
全体の手取り金額で比較して、何となくバランスがとれているし大丈夫、というような対応をすることはできません。
それって、会社にとっては、ものすごく大変そう…。
本当に、会社にとっては大変なことです。
会社は、それぞれの賃金の項目について、待遇差がある場合には、しっかりとその理由を説明できるようにすることが必要になります。
住宅手当を例にすると、正社員は「住宅手当あり」で、非正規雇用は「住宅手当なし」の待遇差があった場合、「正社員は定期的に全国転勤があるため、住宅手当を設けている。非正規雇用は転勤がないため、住宅手当がない」などの理由を用意する必要があります。
住宅手当は分かりやすいですが、「昼食手当」ならどうでしょうか。
正社員は「昼食手当あり」で、非正規雇用は「昼食手当なし」の待遇差があった場合、「非正規雇用だから昼食手当はない」という点について、合理的な理由があるでしょうか?
さらに、「待遇」には、賃金だけでなく、休暇などの福利厚生も含まれます。
すると、正社員は慶弔のための休暇(結婚休暇や、身内の不幸などの際にとる休暇)があるけど、非正規雇用にはない、というような会社の場合、待遇差の理由を説明できないケースが生じることがあります。
このあたりは実務的にも多くの論点がありますので、基本給や手当など、それぞれの項目について、具体的にどのように見極めていくのかについては、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」や、過去の裁判例などを参照していく必要があります。
よく挙げられる待遇差の理由として、「正社員と非正規雇用の従業員とは、将来の役割期待が異なるため、賃金の基準が異なる」というものがあります。
しかし、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」によると、このような主観的・抽象的説明では不十分だとしています。
抽象的な理由ではなく、前掲の判断基準に照らした、具体的な説明が求められています。
【重要】同一労働同一賃金への、会社がとるべき実務対応
今回の法改正を受けて、会社がとるべき対応は、大きく3つあります。
- 短時間・有期雇用労働者の労働条件をすべて洗い出す。
- 正社員と短時間・有期雇用労働者との間の待遇差がある場合、その待遇差について、不合理なものになっていないかどうか、検証する。
- 待遇差について、説明ができないものがある場合には、賃金制度の見直し・社内規定の改訂などを行う。
会社の対応フローをまとめましたので、以下を参考にしてください。
実務対応において、一番の山場になるのは、②の「待遇差を比較して、不合理でないかどうかを検証する」場面です。
ここでは、検証の際の判断軸として、厚生労働省から「同一労働同一賃金ガイドライン」が出されていますので、このガイドラインに沿って検証を進めることが必要です。
なお、ガイドラインに沿った、賃金ごとの具体的な検証方法については、別の記事で解説する予定です。
会社による待遇差の説明義務
会社は、短時間または有期雇用の従業員から、正社員との待遇差の内容や理由について説明するよう求めがあった場合には、説明をしなければならない義務があります。
また、法律は、従業員が説明を求めたことに対して、会社が当該従業員を不利益に取り扱うことを禁止しています。
同一労働同一賃金に違反した場合の罰則
法律には、とくに罰則は設けられていません。
しかし、会社にとっては、罰則以上の大きなリスクがあります。
もし、会社が不合理な待遇差がある状態のまま事業を継続すると、従業員から裁判で訴えられる可能性があります。
もし裁判で会社の違法性が認められると、待遇差の程度に応じて、差額分の賃金や損害賠償金を支払わなければならないこともあり得ます。
さらに、同一労働同一賃金に関連する裁判は、世間的にも非常に注目されますので、会社にとっては、経済的な損失以上に、裁判が起こされた会社だという風評により、社会的なイメージが低下するというリスクがあります。
まとめ
同一労働同一賃金については、法律だけを見ても、具体的に何をすればいいのか、理解することがとても難しいと思います。
また、賃金の内容、支給額や支給目的は、会社によって千差万別であるため、適法・違法の明確なボーダーラインは存在しないため、結局は、会社ごとに手探りで対応していかなければなりません。
この記事で、すべての情報を網羅することはできませんが、少なくとも実務対応における「考え方」や「方向性」を正しい方向に向けていただけるように、注意深く執筆しました。
ぜひ実務の参考にしていただけますと幸いです。