大企業では、2019年4月1日から、正社員と短時間・有期雇用労働者との間の不合理な待遇差を解消することを目的として、同一労働同一賃金に関連する法律(パートタイム・有期雇用労働法)が施行されます。
同一労働同一賃金に関する基本的な知識は、以下の記事で解説しています。
この記事では、基本的な知識については既に理解していることを前提に、話を進めていきます。
今回は、賃金のうち、特に重要な要素である「基本給」について、会社が比較検討を行う際の実務上のポイントを解説します。
同一労働同一賃金の実務は、法律、ガイドライン、通達、裁判例など、様々な情報を総合的に理解しなければならないため、とても大変です。
この記事では、基礎からできる限りわかりやすく説明しているので、じっくりと読み進めながら、ぜひ理解を深めてください。
Contents
同一労働同一賃金ガイドラインとは?
まず、どんな場合に「不合理な待遇差がある(=違法)」と判断されるのか、という問いについては、実は、「最終的には裁判してみないと分からない」としか答えようがありません。
それほど、賃金というのは会社によって千差万別であり、法律によって明確な線引きをすることができないものです。
しかし、それでは、会社がどのように法律を解釈すればいいのか困ってしまうため、厚生労働省は、「同一労働同一賃金ガイドライン(正確には「指針」といいますが、以下、単に「ガイドライン」といいます)」を作成し、「問題となる例・問題とならない例」のように、事例をもとに解説することによって、ある程度の方向性を示しています。
「指針」は、法律よりも格は下がりますが、法律の解釈を定めるものであるため、実務上は指針に従うことが必要になります。
基本的には、そうです。
確かに、ガイドラインは実務において、とても重要です。
ただし、「基本的には」と申し上げたのは、ガイドラインを正しく用いるためには、ガイドラインを利用できる場面を正しく理解しておく必要があるためです。
同一労働同一賃金ガイドラインの留意点
はい、そうです。
ガイドラインを用いて実務を進める場合には、次の点に留意してください。
特に、③が重要です。
【同一労働同一賃金ガイドラインの留意点】
- ガイドラインは、あくまで「基本となる考え方」を示しているに留まること
- ガイドラインが記載しているケースは、「ほんの一例」に過ぎないこと
- ガイドラインは、正社員と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定が、「同じ基準、同じルール」のもと行われていることを前提としていること
①について、ガイドラインは、あくまでも「基本となる、原則的な考え方」を示しているものに過ぎないということに気を付けましょう。
自社がガイドラインに記載された例と違う取り扱いをしているからといって、すぐさま法律違反になるものではありませんし、問題とならない例に該当しているからといって、合法であるとの「お墨付き」をもらえるわけではありません。
ガイドラインは、あくまで参考情報であり、ガイドラインの内容を絶対視することや、ガイドラインに盲目的に従うことは避けるべきでしょう。
②について、ガイドラインでは、いくつかの具体例が記載されていますが、世の中に存在する実例に比べると、ごく一例に過ぎません。
例えば、ガイドラインのうち、基本給に関する記載は3ページほどしかありません。
これだけで、数ある会社の基本給をすべて見直すことは不可能に近いでしょう。
したがって、一般的には、自社の運用がガイドラインに記載されていない確率の方が高くなると思いますが、ガイドラインに自社に当てはまる例が記載されていないからといって、「待遇差の見直しは必要ない」と結論付けてしまうことはできませんので、注意しましょう。
最も重要なのが③です。
ガイドラインは、正社員と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定が、同じ基準、同じルールのもと行われていることを前提としています。
この点について理解することが、特に基本給の待遇差を見直す際に、とても重要になります。
おそらく、現時点では、多くの方が理解できないと思います。
詳細については、後に説明した方が分かりやすいと思いますので、「基本給の3要素」について説明する際に、解説します。
比較するべき「正社員」の範囲
これから、基本給について具体的にみていきますが、その前に、短時間・有期雇用労働者と待遇を比較するべき「正社員」とは誰なのかを明らかにしておきます。
理屈だけでいうと、原則として、会社は、「会社内のすべての正社員」との関係で、短時間・有期雇用労働者との待遇に不合理な差がないようにしなければなりません。
はい。よほど少人数の会社でない限り、現実的には難しいでしょう。
そこで、厚生労働省の作成した「パートタイム・有期雇用労働法 対応のための取組手順書」をみると、会社は、まずは、「短時間・有期雇用労働者と、もっとも業務内容が近い正社員」から比較していくことが、わかりやすいと記載されています。
これは、会社内のすべての正社員と比較することは実務上困難な場合が多いことを示していると考えますし、また、費用対効果からみても、そこまでやる必要性に乏しいと考えます。
同一労働同一賃金における基本給の3要素(職能給・成果給・勤続給)
さて、いよいよ、「同一労働同一賃金ガイドライン」をもとに、「基本給」をみていきます。
ガイドラインによると、基本給は、大きく3つの要素に分けられると考えられています。
そして、これらの要素ごとに、それぞれ、正社員と短時間・有期雇用労働者の基本給を比較していくことが必要になります。
したがって、ガイドラインを用いるためには、まずは、自社で支給している基本給が、どの要素を含んでいるものであるのかを明らかにする必要があります。
基本給の3つの要素
ガイドラインによると、基本給の要素は以下の3つに分けられます。
【基本給の3つの要素】
- 従業員の能力または経験に応じて支給するもの【職能給】
- 従業員の業績または成果に応じて支給するもの【成果給】
- 従業員の勤続年数に応じて支給するもの【年功給】
職能給(①)
職能給とは、従業員の「能力」または「経験」に応じて支給するものをいいます。
何をもって「能力」または「経験」とするのかは、会社によって異なります。
ガイドラインでは、正社員と同じ能力または経験を有する短時間・有期雇用労働者には、「能力または経験に応じた部分につき、正社員と同じ基本給を支給しなければならない」とし、また、もし能力または経験に一定の違いがある場合には、「その違いに応じた基本給を支給しなければならない」としています。
ただし、ガイドラインでは、以下のような場合は、「問題になる」としています。
【問題になる例】
基本給について、労働者の能力または経験に応じて支給しているA社において、通常の労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの経験を有することを理由として、Xに対し、Yよりも基本給を高く支給しているが、Xのこれまでの経験はXの現在の業務に関連性を持たない。
このガイドラインは、中途採用の正社員を想定していると思われます。
中途入社の正社員については、前職の年収を加味して賃金を決定することが一般的ですが、まったく異なる業種に転職する場合には、正社員の賃金をあまりに高くすると、不合理であると判断される可能性があります。
成果給(②)
成果給とは、従業員の「業績」または「成果」に応じて支給するものをいいます。
ガイドラインでは、正社員と同じ業績または成果を有する短時間・有期雇用労働者には、「能または経験に応じた部分につき、正社員と同じ基本給を支給しなければならない」とし、また、もし業績または成果に一定の違いがある場合には、「その違いに応じた基本給を支給しなければならない」としています。
業績や成果というと、典型例では、販売実績や作業量など、定量的な実績に基づいて基本給が決定されるケースをいいます。
さらに、ガイドラインでは、以下のような目標を達成するかどうかによって、何らかの不利益があるかどうかにつても加味して判断するべきであることを示しています。
【問題にならない例】
A社においては、通常の労働者であるXは、短時間労働者であるYと同様の業務に従事しているが、Xは生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っており、当該目標値を達成していない場合、待遇上の不利益を課されている。
その一方で、Yは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っておらず、当該目標値を達成していない場合にも、待遇上の不利益を課されていない。
A社は、待遇上の不利益を課していることとの見合いに応じて、XにYに比べ基本給を高く支給している。
勤続給(③)
勤続給とは、勤続年数に応じて基本給の金額が増えていくものをいいます。
ごく単純な例として、「入社から1年経過するごとに、基本給が1,000円ずつ増えていく」というような制度をいいます。
終身雇用を前提とする年功序列型の賃金の典型例ともいえるもので、社員の定着率を高めることを主な目的として導入される制度です。
ガイドラインでは、正社員と同じ勤続年数の短時間・有期雇用労働者には、「勤続年数に応じた部分につき、正社員と同じ基本給を支給しなければならない」とし、また、もし勤続年数に一定の違いがある場合には、「その違いに応じた基本給を支給しなければならない」としています。
問題になるケース
ガイドラインでは、正社員については勤続給を支給しているのに、短時間・有期契約の従業員については勤続給を支給しないことは、問題になり得るとしています。
したがって、例えば、6ヵ月ごとの有期契約をしている従業員については、契約の度に勤続年数をリセットするのではなく、毎回の契約において、それまでの契約期間を通算した勤続年数を評価したうえで、支給する賃金を決めることが求められます。
同一労働同一賃金ガイドラインの留意点
ひとつ、ガイドラインを用いる際に、重要な留意点があります。
それは、ガイドラインは、基本給の3要素のいずれかの要素同士で比較することができる場合を前提にしていることです。
そうです。
ガイドラインの基本的な考え方として、上記の3つの要素をもとに、正社員と短時間・有期雇用労働者の基本給を比較して、要素が同じであれば、同じ額の基本給を支給し、何らかの違いがあれば、その違いに応じて、バランスのとれた基本給を支給する必要があります。
しかし、この方法は、正社員と短時間・有期雇用労働者の基本給が、それぞれ同じ要素をもとに決定されている、という前提がなければ成り立ちません。
これまで解説したガイドラインを用いた待遇の検討は、あくまで、「正社員と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定が、同じ基準、同じルールのもと行われている場合」を前提としており、これは、例えば、正社員と短時間・有期雇用労働者の基本給が、いずれも職能給で構成されているような場合を前提としています。
このような場合であれば、「職能給vs職能給」や「成果給vs成果給」のように比較をしながら、検討していくことができます。
しかし、多くの会社では、「基本給の基準が異なる」、または「そもそも基本給の要素など考えていない」というのが現状だと思います。
そこで、このガイドラインに当てはまらない場合が、現実的にはむしろ多いのではないかと考えます。
そこで、このような場合、次に説明する別の方法によって基本給を検討していく必要があります。
職務内容・職務内容および配置の変更・その他の事情による基本給の見直し
前述のように、正社員と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定が、同じ基準、同じルールのもと行われていない場合には、ガイドラインでは、以下のように待遇の検討を行うべきであると記載しています。
(略)通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールの相違があるときは、(略)賃金の決定基準・ルールの相違は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして、不合理と認められるものであってはならない。
つまり、賃金の決定が、同じ基準、同じルールのもと行われていない場合には、会社は、以下の事情をもとに、待遇を検討しなければならないとされています。
- 職務内容(業務の内容+責任の程度)
- 職務内容・配置の変更範囲
- その他の事情
①職務内容の比較
まずは、正社員と、短時間・有期雇用労働者とで、職務の内容を比較します。
職務の内容は、上記の①~③のうち、もっとも重要なものです。
職務の内容とは、業務の内容と、その業務に伴う責任の程度の2つが合わさったものをいいます。
業務の内容
「業務」とは、職業として、継続して行う仕事をいいます。
業務は、例えば、販売職、事務職、製造工といった分類をいいます。
業務の分類は、「厚生労働省編 職業分類」の細分類を目安として比較します(厚生労働省2019年1月30日通達)。
この時点で、正社員と、短時間・有期雇用労働者とで異なっていれば、「職務の内容が同じではない=待遇の差は不合理ではない」と判断することができます。
責任の程度
業務に伴う「責任の程度」とは、業務に伴って与えられている権限の範囲・程度をいいます。
権限の範囲・程度というのは、具体的に以下のような内容をいいます。
【責任の程度(=権限の範囲・程度)の具体例】
- 単独で契約を締結することができる金額の範囲
- 管理する部下の人数
- 決裁権限の範囲
- トラブルが発生した時や臨時、緊急時に求められる対応の程度
- ノルマ等の成果への期待の程度
- 所定時間外労働の必要性の有無
例えば、正社員は、繁忙期や、急な欠勤者が出た場合に対応を求められたり、月末になると残業することが多くなるのに対して、短時間・有期雇用の契約社員にはこれらの対応は求められない、といような会社では、それぞれの責任の程度が異なる(=待遇の差は不合理ではない)、と判断することができます。
②職務内容・配置の変更範囲
職務内容・配置の変更範囲とは、転勤、昇進といった人事異動や、役割の変化の有無や範囲など、いわゆる「人材活用の仕組み」をいいます。
例えば、正社員は全国的に転居を伴う転勤がある一方で、短時間・有期雇用労働者は自宅から通える範囲でのみ異動しているような場合には、人材活用の仕組みが異なるといえます。
また、異動があるかどうかだけでなく、正社員は全部門にわたって人事異動があるのに対して、短時間・有期雇用労働者は一部の部門に限ってのみ人事異動の可能性があるような場合も、人材活用の仕組みが異なるといえます。
具体的な実務の手順
実務においては、まず初めに、正社員と短時間・有期雇用労働者との間で、仕事の内容にどのような差があるのかを客観的に把握することが大事です。
そのために、例えば、次のような一覧表を作成することをお勧めします。
これは、「職務の棚卸し」といわれるもので、従業員が、どのような仕事を行い、どのような責任を負っているのかを「見える化」するために行います。
一覧表では、以下の内容を整理しています。
これにより、前述した①職務内容(業務の内容+責任の程度)と、②職務内容・配置の変更範囲を整理して、自社の状況を客観的に把握することができるようになります。
a.職種
b.職種における中核的な業務
c.責任の有無
d.主担当or副担当
e.ジョブローテーション、転勤の有無
f.所定時間外労働の有無
職種(a)、職種における中核的な業務(b)について
職種は、営業職、事務職など、いわば大分類にあたるものです。
次に、職種を中分類したものとして、中核的な業務の内容を記入します。
これは、「課業」、「タスク」、「ノルマ」などといわれることもあります。
ここでの留意点としては、補助的・付随的な業務(細分類)までは記入しないということです。
補助的・付随的な業務とは、例えば、電話、メール、コピー、会議、整理整頓、朝礼などをいいます。
これらを専門的に扱う仕事がある場合(例えば、オペレーターなど)は別ですが、あまりに細かく分類すると、収拾がつかなくなる可能性があります。
責任の有無(c)、主担当or副担当(d)
責任者を◎(二重丸)、主担当を〇(丸)、副担当(主担当の補助)を△(三角)など、分かりやすい記号で分類します。
これにより、それぞれの役割や責任の違いを明らかにすることができます。
ここで、短時間・有期雇用労働者の業務のほとんどが、責任のない副担当として働いているような場合、正社員との待遇差があったとしても、説明がしやすくなります。
もし、「明確な違いがない」というような場合には、待遇差の解消を検討していく必要があります。
・ジョブローテーション、転勤の有無(e)
これらは、前述の「②職務内容・配置の変更範囲」の違いを把握するために必要な項目です。
転勤の有無だけでなく、転勤の地域的な範囲、部署異動の範囲などに違いがある場合には、それらも記入しましょう。
待遇差の理由の説明
以上の検討を踏まえて、最終的には、正社員と短時間・有期雇用労働者との間の待遇差について、その理由を説明できるようにする必要があります。
この「理由を説明できるようにする」というのが、同一労働同一賃金への取り組みにおける一つのゴールとなります。
例えば、前掲の表において、正社員であるAさんと、有期雇用の従業員であるBさんの基本給の額に差がある場合、
「Aさんは給与計算と契約事務について責任者として働いており、トラブルが発生した場合には、その対処をし、それに伴って突発的な残業が発生する。さらに、Aさんは、将来的にジョブローテーションや全国転勤を予定している。一方、Bさんは、副担当の業務に対する基本給を支給しており、いずれも正社員の責任者のもと、補助的・定型的な業務を担当している。また、所定時間外労働の有無やジョブローテーション、転勤など、正社員と人材活用の仕組みが異なる。」
など、明確な理由を説明できるように準備しておく必要があります。
まとめ
これまで、基本給をもとに、同一労働同一賃金における待遇差の見直し方について解説しました。
基本的には、手当、賞与、退職金などについても、基本給と同じく、実務においては「職務内容の比較」と「職務の棚卸し」をすることが必要になります。
この記事によって、同一労働同一賃金の実務の基本を理解していただければ幸いです。