2019年4月1日に法律が改正され、これまで書面(紙)で交付することが義務付けられていた労働条件通知書が、電子メールなどによって送信することができるようになります。
そこで、今回は、労働条件通知書の電子化に伴い、法律や通達の内容を整理して解説します。
なお、今回の法改正は、労働条件の明示の「方法」について改正を行うものであり、明示しなければならない労働条件の「範囲(内容)」についての変更はありませんので、ご留意ください(平成30年12月28日基発1228第15号)。
Contents
労働条件通知書とは?定義を再確認!
「労働条件通知書」とは、労働基準法第15条で定められている法定の書面です。
会社が新たに従業員を雇う場合、その雇入れの際に、労働条件通知書を交付することが法律によって義務付けられています。
これは、正社員だけに限らず、パートやアルバイトに対しても同様です。
労働条件通知書により会社に労働条件をしっかりと明示させることで、雇入れた後に労働条件が一方的に変更されるようなことを防止し、また、労使間に生じる労働条件に関する認識の食い違いをなくすことにより、労務トラブルを防止することができます。
労働条件通知書の電子化とは?
改正前(2019年4月1日前)
労働条件通知書は、これまでは、「書面」によって交付することが義務付けられていました。文字どおり、労働条件を紙に印刷して、労働者に手渡すことが必要でした。
条文をみていきましょう。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
ここで、下線部分の「厚生労働省令で定める方法」が何かが問題となります。
厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。
厚生労働省令では、はっきりと、労働条件通知書の交付は「書面」によることが明記されています。
以上の法律が根拠となり、改正前までは労働条件通知書を書面で交付するという実務が行われてきました。
改正後(2019年4月1日以後)
2019年4月1日施行の労働基準法施行規則により、労働条件通知書を書面以外のメールなどの方法によって交付することが認められることとなりました。
なお、本稿ではこれを「電子化」と呼んで説明していますが、他にも労働条件通知書をPDFファイルなどで保管したり、雇用契約書を電子契約にすることなども「電子化」と呼ぶ場合がありますのでご留意ください。
改正後の条文は以下のとおりです(下線が改正により新たに追加された部分です)。
法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。
ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)
電子化の方法と、認められるための要件は?
改正後の条文により、労働条件通知書は、以下の3つの方法によって従業員に交付することができます。
- 書面の交付
- ファックスの送信(ただし、一定の要件あり)
- 電子メールの送信(ただし、一定の要件あり)
そして、上記のうち、
「②ファックスの送信」の場合には、以下の要件のうち①を満たす必要があり、
「③電子メールの送信」の場合には、以下の要件のうち①②③を満たす必要があります。
- 「労働者が希望した」こと
- 「電子メールその他の受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」によること
- 「労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成」できること
①「労働者が希望した」こと
条文では、「当該労働者が(略)次のいずれかの方法によることを希望した場合には」と定められています。
つまり、電子化するかどうかについては、会社が一方的に決めることはできない、ということを意味します。
したがって、会社は、あらかじめ、書面以外の方法で労働条件通知書を通知することについて従業員に希望の有無を確認しておく必要があるということになります。
そして、もし従業員が書面(紙)での労働条件通知書の交付を望むのであれば、会社はそれに従わざるを得ないことになります。
それでは、この労働者の希望について、会社は具体的にどのように確認するべきなのでしょうか。
この点について、労働基準監督署の通達(平成30年12月28日基発1228第15号)は以下のとおりです。
則第5条第4項の「労働者が(中略)希望した場合」とは、労働者が使用者に対し、口頭で希望する旨を伝達した場合を含むと解されるが、法第15条の規定による労働条件の明示の趣旨は、労働条件が不明確なことによる紛争を未然に防止することであることに鑑みると、紛争の未然防止の観点からは、労使双方において、労働者が希望したか否かについて個別に、かつ、明示的に確認することが望ましい。
通達によると、会社は、従業員の希望の有無について、口頭でのやりとりの中で確認することができますが、できれば、「言った、言わない」のようなトラブルを防止するためにも、個別に書面などによってきちんと確認することが望ましい旨が定められています。
②「電子メールその他の受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」によること
電子メール
パソコン、携帯電話端末によるEメールのほか、Yahoo!メールやGmailといったウェブメールサービスを利用したものが含まれます(平成30年12月28日基発1228第15号)。
受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信
これは、具体的には、LINEやFacebook等のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)のメッセージ機能等を利用した電気通信がこれに該当します(平成30年12月28日基発1228第15号)。
なお、SMS(ショート・メッセージ・サービス。携帯電話同士で短い文字メッセージを電話番号宛てに送信できるサービスをいう。)によることについては、SMSではPDF等の添付ファイルを送付することができないこと、送信できる文字メッセージ数に制限等があり、また、原則である書面作成が念頭に置かれていないサービスであるため、労働条件明示の手段としては例外的な位置づけにあります(平成30年12月28日基発1228第15号)。SMSによる方法は禁止されているとまではいえませんが、法律の趣旨からすると望ましくないと考えます。
従業員本人だけが閲覧できる状況におくこと
内容の機密性から、送信した内容が従業員本人のみが閲覧できる状況にする必要があります。
例えば、会社内で誰でもアクセスできる共有フォルダなどにデータを収めておくようなことや、新入社員などの対象者全員に対して、全員分の労働条件通知書を一斉にメールで送信するようなことは行ってはいけません。
③「労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成」できること
この要件が意味するのは、会社は、電子メール等により送信した労働条件通知書が、従業員側で紙に印刷(プリントアウト)できるようにしなければならないことを意味します。
例えば、パソコンで閲覧できるEメールは問題なくこれに該当しますが、SMSなどの印刷を前提としないツールによる送信は、この要件を満たさない可能性が高いと考えます。
また、特定の電子デバイス上でしか閲覧できないものや、期限が過ぎると閲覧することができなくなるものなども、禁止されているとまではいえませんが、あまり望ましくないでしょう。
まとめ
労働条件通知書の電子化により、企業側の利便性は向上しますが、一方で、その取扱いが軽くなってしまわないように配慮が必要です。
つまり、労働条件通知書の趣旨からすると、交付の際には会社側から労働条件通知書の内容や意味をきちんと説明し、従業員にしっかりと理解してもらうことが、後のトラブルの防止のために重要です。
労働条件通知書を電子化する際には、くれぐれも「メールで送りつけて終わり」というような安易な運用に陥らないように留意してください。