令和元年(2019年)5月24日に、通称「デジタル手続法」が成立しました。
これにより、行政手続は原則としてデジタル化することが基本方針とされ、個人・法人を問わず、世の中で行われる手続は、デジタル化に向けて大きく舵が切られたことを意味します。
これは同時に、今後、企業が行う従業員の社会保険や税金の手続などのオンライン化・ワンストップ化が急速に進んでいくことを意味します。
そこで、今回の記事では、デジタル手続法の概要について解説するとともに、これらが今後の企業の労務管理に及ぼす影響について説明します。
- デジタル手続法の概要(内容・施行日・罰則)がわかります。
- デジタル手続法が企業の労務管理に及ぼす影響がわかります。
Contents
デジタル手続法とは?
「デジタル手続法」とは?正式名称は?
「デジタル手続法」とは、すごく簡単にいうと、「行政手続を、原則として、すべてデジタル化する」ことを目指すための法律です。
デジタル手続法の正式名称は、「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るための行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律等の一部を改正する法律」といいます。
法律名が長いため、報道などでは、略して「デジタル手続法」と呼ばれています。
デジタル化の対象とされているのは、「行政手続」です。
大きくいうと、この法律の目的は、行政のあり方の原則を、紙からデジタルに転換することにより、次の時代のための新たな社会基盤を構築することにあります。
例えば、引っ越しをしたときに行う転入・転出の届出や、死亡したときに行う相続手続など、これまで役所の窓口に出向いて、もしくは郵送で行っていた手続を、原則としてインターネットで行えるようにするものです。
また、本人確認や手数料の納付手続についても、オンライン、つまり電子署名や電子納付によって行うことができるようになります。
さらに、利用者の利便性を高めるために、手続に必要な書類については、極力、行政機関の間(例えば、市役所と税務署、年金事務所など)で情報を連携することにより、省略することを目指しています。
したがって、デジタル手続法そのものには、各行政手続をデジタル化するための個別具体的な内容が定められているものではありません。
「デジタルファースト法」とは?
デジタル手続法においては、その基本原則の第一番目に「デジタルファースト」を掲げていることから、この法律は別名「デジタルファースト法」と呼ばれることもあるようです。
それぞれがまるで別の法律のように捉えてしまいがちですが、同じ法律の別の略称です。
「行政手続オンライン化法」との関係
この法律ができる前に、もともと平成14年(2002年)に「行政手続オンライン化法(正式名称は「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」)」という法律が制定されています。
この法律は、当時、国家戦略としてITを推進していた時代背景があり、ブロードバンドなどのインフラ整備を課題としていたため、行政手続そのものの利便性を高めることまでは手が回らず、国民の利便性が高まったとは言い難い状況にありました。
デジタル手続法では、この「行政手続オンライン化法」の内容を改正する、ということを一つの柱としています。
つまり、もともとあった法律をさらに活かすために、デジタル手続法を制定する、という建付けになっている部分がありますので、法律を理解するためには、随所で行政手続オンライン化法を参照する必要があります。
デジタル手続法の概要
デジタル手続法の全体像
デジタル手続法を理解するために、まずはこの法律の全体像を把握しましょう。
デジタル手続法は、大きく以下の3つの部分で構成されています。
【デジタル手続法の構成】
- デジタル化の基本原則(1条)
- デジタル化の基盤整備(2~5条)
- デジタル化の個別施策(6~8条)
①デジタル化の基本原則
基本原則においては、従来の「行政手続オンライン化法」を改正し、「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律(以下、「デジタル行政推進法」といいます)」と名称を変更し、法律に新たに3つの原則が掲げられました。
デジタルファースト
この原則の趣旨は、行政手続を一貫してデジタルで完結させることにあります。
これまでは、申請そのものはデジタルで行えても、添付書類だけは別に郵送しなければならなかったり、手数料などの納付手続は別に行っていたりと、一貫性がなく、利用者の利便性に欠けるというデメリットがありました。
ワンスオンリー
一度行政に提出した情報(書類など)は、できる限り行政機関の間で連携を図ることにより、再度提出しなくてもよい、という原則です。
コネクテッド・ワンストップ
この原則は、複数の行政手続が、一回の申請で同時に完結することを目的としたものです。
行政機関と民間事業者が連携を図ることにより、行政と民間が関連する手続が一ヵ所で済むようにすることを目指す原則です。
②デジタル化の基盤整備
デジタル化推進のための基盤整備を目的として、個別に以下の3つの法律が改正されます。
- 住民基本台帳法
- 公的個人認証法
- マイナンバー法
住民基本台帳法
住民基本台帳法の改正は、国外に滞在する日本国民(国外転出者)へのデジタル対応を目的としています。
現在の仕組みでは、マイナンバーカードなどは住民票をベースにしているため、国外に転出すると、使用ができなくなります。
こうした不便を解消するため、新たなネットワークを構築することにより、国外転出者のオンライン手続を可能にすることを目指しています。
公的個人認証法
本人確認情報を長期に、かつ確実に保存し、公証できるようにすることを目的として、住民票の除票・戸籍附票の除票の保存期間が、現行の5年から150年に改正されます。
マイナンバー法
マイナンバーの取り扱い事務に関する内容が改正され、マイナンバーカードの利用拡大と普及を目的として、本人確認の際に暗証番号の入力を必要としない方式を可能にすることや、通知カード(マイナンバーを紙の郵送により知らせるもの)を廃止し、マイナンバーカードへの移行を促進する措置もとられました。
③デジタル化のための個別施策(6~8条)
デジタル手続法が6条から8条で定める、デジタル化の個別施策として、以下の3つの法律が個別に改正されます。
中小企業退職金共済法
中小企業退職金共済法は、中小企業における退職金の支払いを目的とした共済です。
掛金の納付方法に改正があり、掛金の納付をオンラインで行うことができるようになります。
母子保健法
乳幼児健診の情報などを、市町村間で引き継げるようになりました。
LPガス法
LPガスの事業者が消費者に情報を提供する方法として、これまで書面によることが義務付けられていましたが、改正によりオンラインによる情報提供をすることも可能とされました。
デジタル手続法の成立日・公布日・施行日は?
デジタル手続法は、令和元年(2019年)5月24日に国会で成立し、同年5月31日に公布されています。
施行日については、デジタル手続法の全体としては、「公布日(令和元年5月31日)から9ヵ月以内の政令で定める日」とされています。
執筆日現在では、具体的な日はまだ政令で定められていません。
また、以下の法律については、システム整備などの兼ね合いにより、個別に施行日が定められています。
- 住民基本台帳法…公布日から5年以内の政令で定める日
- 公的個人認証法…公布日から20日が経過した日(6月20日に施行済み)
- マイナンバー法…公布日から1年以内の政令で定める日
民間企業の義務と罰則は?
デジタル手続法は、行政機関(国)にオンライン化を義務付けるものであり、民間企業に何らかの法的な義務が生じるものではありません。
義務がない以上は、民間企業に対する罰則も定められていません。
人事・労務分野への影響は?
社会保険の電子申請など、一定の手続については、デジタル手続法の成立を待たずに、すでに個別の法律によりオンライン化が進められています。
具体的には、「特定法人」と定義される資本金1億円以上の企業に対しては、令和2年(2020年)度から、雇用保険における被保険者資格取得届など、一定の社会保険手続について電子申請が義務付けられます。
これを受けて、民間企業に義務が生じ、当該義務を履行しない場合には何らかの罰則が課せられる可能性はあります(執筆日現在では、特段の罰則は定められていません)。
デジタル手続法の成立により、今後は、特定法人以外の中小企業に対しても、電子申請が義務付けられるようになる可能性は高まるといえるでしょう。
まとめ
デジタル手続法の制定により、今後、行政手続が加速度的にオンライン化されることが予想されます。
企業が行う労務や税務についても、この波を受けて、申請のあり方は当然に変化していくことでしょう。
デジタル手続法によって、すぐに対応が必要になるものではありませんが、今後、民間企業にとっては、いかにデジタル化にスムーズに対応し、効率的な労務管理を行えるかが鍵になりそうです。