受動喫煙の防止義務を定めた健康増進法が改正され、2020年4月1日から全面的に施行されます。
今回の改正は東京オリンピックの開催に合わせており、法律を改正する最大の目的は、「望まない受動喫煙をなくす」ことにあります。
「受動喫煙」とは、人が他人の喫煙により、たばこから発生した煙にさらされることをいいます。
今回の法改正のポイントは、施設ごと・場所ごとにその利用者が異なることから、受動喫煙を防止する義務の内容が、施設ごと・場所ごとに異なる規制内容が定められている点にあります。
例えば、子どもや患者など、受動喫煙による影響が大きい利用者を対象とする施設である学校や病院などでは、「敷地内禁煙(屋内全面禁煙)」とすることが義務付けられました(法律の全面施行に先駆けて、2019年7月1日に施行済)。
今回は、その中でも、特に「職場」における受動喫煙対策にクローズアップし、健康増進法の改正によって、会社(事業者)が事務所(職場)においてどのような措置を講じる義務が生じるのか、解説します。
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健康増進法における第一種施設・第二種施設とは?
健康増進法では、施設の類型を次の二つに分けており、いずれの施設に該当するかによって、規制の内容が異なります。
国内に設置される施設が広く法律の規制対象とされており、不特定多数の人が出入りする施設である以上は、家庭などプライベートな居住空間でない限り、基本的に何らかの規制を受けると考えてよいでしょう。
類型 | 施設 | 規制内容 |
第一種施設 | 学校・医療機関・児童福祉施設・行政機関など | 敷地内禁煙 |
第二種施設 | 第一種施設以外の多数の者が利用する施設…飲食店、ホテル、事務所(職場)など | 原則屋内禁煙…「喫煙専用室」でのみ喫煙できる |
上記の区分によると、会社の事務所(職場)は、「第二種施設」として、健康増進法の規制の対象となることが分かります。
そして、会社は、その事務所(職場)において、その施設の利用者である従業員が受動喫煙をしないよう、その対策を講じる義務があります。
なお、第二種施設の定義にある「多数の者が利用する」とは、2人以上の人が同時に、または入れ替わり利用する施設を意味します(改正健康増進法の施行に関するQ&A(平成31年4月26日公表))。
つまり、従業員を一人も雇っていない個人事業主でない限りは、会社や職場の規模や従業員数に関わらず、健康増進法の規制の対象となります。
健康増進法における「たばこ」の定義
健康増進法においては、「紙巻きたばこ」が規制の対象になるのはもちろん、「加熱式たばこ」も対象になります。
ただし、いわゆる「電子たばこ」は、今のところ、法律の規制の対象外とされています(改正健康増進法の施行に関するQ&A(平成31年4月26日公表))。
これらの内容をまとめると、次の表のとおりです。
たばこの種類 | 〇…規制の対象となる
×…規制の対象とならない |
紙巻きたばこ(ex.セブンスター) | 〇 |
加熱式たばこ(ex.iQOS) | 〇 |
電子たばこ(ex.DR.VAPE) | × |
事務所(職場)における義務の内容(受動喫煙対策)
健康増進法では、事務所(職場)におけるルールを以下のように定めています。
【屋内喫煙場所の設置に係るルール】
屋内の一部の場所に「たばこの煙の流出を防止するための技術的基準」を満たした喫煙室のみ設置することができる
これによると、事務所(職場)では、喫煙室を設けることができますが、それには、一定の基準を満たすことが必要とされています。
屋内喫煙室の基準
会社がその事務所(職場)に喫煙室を設置する場合には、次の要件を満たす必要があることと定められています。
【屋内喫煙室の要件】
- 「たばこの煙の流出を防止するための技術的基準」をクリアしていること
- 喫煙以外の飲食などを禁止すること
- 20歳未満の者(従業員を含む)を立ち入り禁止とすること
- 喫煙専用室が設置されていることを示す標識、喫煙室であることを示す標識、喫煙室への20歳未満の者の立入りが禁止されていることを示す標識を掲示すること
①「たばこの煙の流出を防止するための技術的基準」をクリアしていること
具体的な技術的基準については、厚生労働省の通達「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン(令和元年7月1日基発0701第1号)」によって定められています。
【たばこの煙の流出を防止するための技術的基準】
- 出入り口において、室外から室内(喫煙室)に向かって流入する空気の気流が0.2m/秒以上であること
- たばこの煙(蒸気を含む)が室内から室外に流出しないよう、壁・天井などによって区画されていること
- たばこの煙が屋外に排気されていること
②の「壁・天井など」とは、建物に固定された壁・天井のほか、ガラス窓等も含みますが、たばこの煙を通さない材質・構造のものを指します。
カーテンなどで仕切るだけでは、この要件を満たすことにはならないでしょう。
また、「区画されている」とは、出入口を除いた場所において、壁やパーテーションなどによって床面から天井まで仕切られていることが必要であり、たばこの煙が流出するような状態は認められません。
②喫煙以外の飲食などを禁止すること
飲食は原則として禁止されていますが、例外として、「加熱式たばこ専用喫煙室」とする場合には、飲食をすることが認められます。
③20歳未満の者(従業員を含む)を立ち入り禁止とすること
④喫煙専用室が設置されていることを示す、喫煙室であることを示す標識、喫煙室への20歳未満の者の立入りが禁止されていることを示す標識を掲示すること
標識については、厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。
労働安全衛生法と健康増進法との関係性と、その違いについて
職場の受動喫煙については、平成27年6月1日に労働安全衛生法が改正され、職場の受動喫煙の防止に関する条文(68条の2)が新たに定められました。
事業者は、室内又はこれに準ずる環境における労働者の受動喫煙(中略)を防止するため、当該事業者及び事業場の実情に応じ適切な措置を講ずるよう努めるものとする。
これにより、事業者に対し、屋内における労働者の受動喫煙を防止するための努力義務が課されることとなりました。
労働安全衛生法の定めは、企業の大小や従業員数などを問わず、すべての企業に適用されます。
ただし、あくまで「努力義務」であって、会社に対する罰則などは設けられていません。
労働安全衛生法と健康増進法との関係性と、その違い
労働安全衛生法と健康増進法との関係については、厚生労働省の通達(基安発0515第1号平成27年5月15日)において、「労働安全衛生法の適用を受ける事業場が、多数の者が利用する空間を兼ねている場合は、施設管理者が施設を利用する者の受動喫煙防止対策に努めなければならないことを規定する健康増進法(平成14年法律第103号)の適用を受けることとなるので、留意すること。」と記載されています。
健康増進法では、広く国民の健康に配慮し、施設を規制するために喫煙室を設けるなどの義務が課されています。
一方、労働安全衛生法では、特に「事業主の下で働く従業員」が安全に働くことができるよう、事業主が従業員の健康や安全に配慮すべき義務(安全配慮義務)の観点から、規制をしています。
労働安全衛生法における、喫煙場所の要件
労働安全衛生法では、喫煙室を設置する場合、喫煙室内に向かう気流の速さと、喫煙室及び非喫煙区域における空気環境を確認する必要があり、具体的には以下の基準を満たす必要があります。
- 喫煙室と非喫煙区域の境界において、喫煙室内に向かう気流が秒速0.2m以上であること。
- 喫煙室及び非喫煙区域における空気環境の平均が、浮遊粉じん濃度0.1mg/㎥以下であること。
- 喫煙室及び非喫煙区域における空気環境の平均が、一酸化炭素濃度10PPM以下であること。
受動喫煙に関する裁判例
従業員が受動喫煙による健康被害を受けた場合、裁判などで争うことはできるのでしょうか。
事例(裁判の「判決」があったもの)
職場における受動喫煙について争われた東京地方裁判所 平成24年8月23日判決では、「被告事務室の管理に当たり当該事務室の状況等に応じて、一定の範囲内で受働喫煙の危険性から原告の生命及び健康を保護するよう配慮すべき義務を負っている」と認めつつも、原告と被告代表者が営業(外回り)等により同室時間はそれほど多くなかったこと、原告が就労期間中に受動喫煙の診断書を提出できなかったこと(休職1ヵ月後の診断書はあるが)、などを挙げて、受動喫煙に関する慰謝料100万円の請求については、認めませんでした。
ただし、今回の健康増進法の改正などを受けて、この傾向が変化していく(従業員が勝訴しやすくなる)可能性は高まっていると思われます。
安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めた希少な裁判例としては、「江戸川区受動喫煙損害賠償事件(東京地方裁判所 平成16年7月12日判決)」があります。
原告である従業員が、「非喫煙環境での就業が望まれる」と記載された診断書を会社に提出して、配慮を申し出ていたにも関わらず、会社が特に措置を講ずることなく放置していた事例では、安全配慮義務の違反があったとして5万円の慰謝料の支払いが命じられました。
事例(裁判中の「和解」で解決したもの)
大手ハウスメーカーの積水ハウス株式会社に勤務していた元従業員が、職場での受動喫煙によって、受動喫煙症ないし化学物質過敏症を発症したとして、会社に慰謝料や治療費など、合計で約300万円を請求した事例があります。
ここでは、元従業員が会社側の安全配慮義務違反を主張したのに対し、裁判所は、会社側の対応経緯を踏まえ、従業員側の主張を退けました(大阪地方裁判所 平成27年2月17日判決)。
この事例では、会社が、喫煙所を別に設けてビニールの暖簾などで仕切るなどの措置を講じていたことや、その後、元従業員と産業医との面談の機会を設け、元従業員の作業場所を禁煙にしたことなど、ある程度危険を予知しながら、回避措置を講じていたことが評価されています。
なお、さらに高額な和解額に至った案件としては、原告である男性の職場において約半数の従業員が喫煙しており、受動喫煙による頭痛に悩まされたため、会社に分煙を要望したところ解雇された事案で、札幌地方裁判所にて700万円を和解金とする和解が成立しています。
健康増進法の改正はいつから施行される?(健康増進法の施行日)
健康増進法の施行日は、2020年4月1日です。
なお、これに先駆けて、2019年7月1日に、第一種施設を敷地内禁煙とするよう、すでに法律の一部を施行しています。
従業員の募集および求人申し込み時の受動喫煙防止対策の明示義務の新設
会社が従業員の募集を行う場合、その会社がどのような受動喫煙対策を講じているかについて、募集時や求人申し込みの際に明示する義務が課されることとなりました。
「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン(令和元年7月1日基発0701第1号)」では、募集時や求人申し込みの際に、会社が明示する内容の例として、以下のような事項が記載されています。
- 施設の敷地内または屋内を全面禁煙としていること
- 施設の敷地内または屋内を原則禁煙とし、特定屋外喫煙場所や喫煙専用室を設けていること
- 施設の屋内で喫煙が可能であること
健康増進法に違反したときの罰則の内容は?
健康増進法の規定に違反した場合には、以下のとおり罰則が定められています。
禁煙エリアへの灰皿などの設置に対する罰金 | 最大50万円の過料 |
禁煙エリアでの喫煙に対する罰金 | 最大30万円の過料 |
ただし、会社が健康増進法に違反したからといって、よほど悪質でない限り、それをもって直ちに罰則が適用される(罰金が科せられる)ことはないでしょう。
会社が健康増進法に違反していることが発覚した場合、まずは、行政(都道府県知事)から会社に対して、是正を促すための指導などが行われるのが通常です。
さらに、会社がこの指導に従わないなど、よほど悪質なケースと判断される場合には、行政(都道府県知事)から勧告や命令を受けることとなり、その後、最終的に罰則が適用される流れとなります。
受動喫煙防止対策助成金
最後に、健康増進法の改正に合わせて、中小企業を対象に、喫煙室の設置などに係る経費について、助成金が設けられているのでご紹介します(2019年9月1日現在)。
一定の要件を満たすことにより、喫煙室の設置などに係る経費のうち、工費、設備費、備品費、機械装置費などの2分の1(飲食店は3分の2) について、上限を100万円として助成金が支給されます。
申請したからといって、必ずしも支給されるものではないことに注意が必要です。
まとめ
職場における受動喫煙対策は、それを講じないことによる、健康増進法の罰則があることはもちろん、労働安全衛生法に違反することによる訴訟リスクなどもありますが、それ以上に、従業員を始めとする国民の受動喫煙に対する意識の高まりから、平然と受動喫煙が存在する職場には従業員が定着することはないと考えます。
人手不足が叫ばれる昨今、会社は、優秀な人材を確保し、流出させないために、職場の労働環境を整備することは必須であり、受動喫煙についてはまず優先的に取り組むべき重要な要素であると考えます。
法律の施行を機に、あらためて職場の労働環境を見直されてはいかがでしょうか。