毎年、10月頃になると、恒例行事のように地域別の最低賃金が変更されます。
近年、最低賃金は3%を超える引上げが続いており、2019年10月は、全国平均の時給が901円となりました。
最低賃金の引上げに伴い、会社は最低賃金をクリアすべく、自社の賃金の見直しを行うこととなりますが、賃金の中でも特に「歩合給」は、やや曖昧に運用されやすい傾向があり、最低賃金や残業代などの計算において、誤った運用がなされていることがあります。
そこで、この記事では、歩合給における最低賃金の計算方法を確認したうえで、歩合給と最低保障との関係、最低賃金法に違反した場合の罰則などについて、解説します。
なお、この記事では、説明を分かりやすくするために、特に断りがなければ「月給制」を前提に解説しています。
Contents
歩合給とは?
「歩合給」とは、成績・業績などの一定の成果に応じて、賃金(給与)の額が決まる制度をいい、出来高制やインセンティブ制、フルコミッション制など、様々な名称があります。
歩合給が導入されていることが比較的多い職種として、営業職、販売職、運送業(特にタクシー)などが挙げられます。
歩合給の決定方法は、「個人売上高の何%」という場合や、「一件成約(契約)につき何円」という場合など、会社によって多種多様ですが、共通しているのは、働いた「時間」ではなく「成果」に応じて賃金が決定される仕組みであるという点です。
歩合給における最低賃金(時給)の計算方法
歩合給についても、最低賃金法が適用されるため、当然ながら最低賃金を下回ってはなりません。
ただし、最低賃金は、「1時間あたりの賃金額」、つまり「時給」で定められています。
これに対して、歩合給は、「個人売上高の10%」など、一般的に「成果」に応じて支給されており(時給と異なり、原則として働いた時間は考慮されない)、さらに月給制の場合には1ヵ月分の歩合給がまとめて支給されます。
そこで、両者を比較するためには(つまり歩合給が最低賃金を上回っているかどうかを判定するためには)、まずは、支給された歩合給を「時給」に換算する必要があります。
歩合給の時給への換算方法
歩合給を時給に換算するための計算式は、次のとおりです。
【歩合給の時給換算式】
歩合給の支給額÷総労働時間=時給
ポイントは、「総労働時間」を用いることです。
ここで、「総労働時間」とは、一賃金計算期間(月給制であれば、1ヵ月)における総労働時間をいい、所定労働時間(定時で働いた時間)だけでなく、時間外労働(残業)をした時間もすべて含まれます。
事例(計算例)
以下の事例をもとに計算してみましょう。
ここでは、話を単純にするために、「完全歩合給制(給料が歩合給のみで構成されている場合)」を想定します。
【事例(月給制の場合)】
- 歩合給の額:20万円
- 所定労働時間:9時から18時(実働8時間/休憩60分)
- 1ヵ月の労働日数:22日
- 1ヵ月の残業時間:20時間
まず、1ヵ月の総労働時間を求めます。
総労働時間は、『8時間(1日の労働時間)×22日(1ヵ月の所定内労働時間)+20時間(1ヵ月の所定外労働時間)=196時間』となります。
ここでは、1ヵ月分の所定外労働時間(残業時間)を加えることを忘れないように注意しましょう。
次に、歩合給を総労働時間で割ることにより、時給を求めます。
『20万円÷196時間≒1,020円(1円未満切捨て)』
となります。
つまり、この事例における歩合給の時給額は、「1,020円」ということになります。
この金額が最低賃金を上回っていれば、問題ありません。
このような場合には、「従業員側に有利になるように」端数処理をしておけば問題ありません。
そこで、この記事では、計算で求めた時給の端数については1円未満を切り捨てた後に、最低賃金を下回ってないかどうかを比較しています。
固定給と歩合給の両方が含まれる場合
前述の例では、分かりやすく歩合給だけの場合を想定した計算方法を説明しましたが、実際には、歩合給に何らかの固定給を併せて支給しているケースが多いといえます。
「固定給」とは、基本給をはじめ、職務手当、役職手当など、毎月定額で支給される賃金をいいます。
一定の時間勤務すれば、一定の賃金を受け取ることができる点で、「時間」をもとに賃金が決定されています。
固定給が支給されている場合には、固定給部分と歩合給部分を分けて、別々に時給を計算し、それらを合算した時給額と、最低賃金とを比較します。
固定給を時給に換算するための計算式は、次のとおりです。
【固定給の時給換算式】
固定給の金額÷所定労働時間=時給
ポイントは、「所定労働時間」を用いることです。
所定労働時間は、就業規則に記載されている始業・終業時刻、つまり「定時」まで働いた場合の時間をいいます。
月給制の場合には、所定労働時間は次のとおり算出します。
【所定労働時間の計算式】
1年間の所定労働日数÷12ヵ月×所定労働時間=1ヵ月の平均所定労働時間
1年間の所定労働日数とは、カレンダーで決められている出勤日の日数です。
『365日-年間休日数』で求めることもできます。
事例(計算例)
【事例(月給制の場合)】
- 固定給の額:10万円
- 歩合給の額:10万円
- 所定労働時間:9時から18時(実働8時間/休憩60分)
- 1年間の所定労働日数:240日
- 1ヵ月の労働日数:22日
- 1ヵ月の残業時間:20時間
まず、歩合給の時給を求めます。
前掲の事例で説明した計算式に当てはめると、
『10万円÷196時間(22日×8時間+20時間)≒510円(1円未満切捨て)』
となります。
次に、固定給の時給を求めます。
1ヵ月の平均所定労働時間は、
『240日÷12ヵ月×8時間=160時間』
となります。
次に、固定給を1ヵ月の平均所定労働時間で割ります。
『10万円÷160時間=625円』
最後に、固定給と歩合給を合算すると、
『625円+510円=1,135円』
となります。
この金額が最低賃金を上回っていれば、問題ありません。
完全歩合制の場合の、最低保障と最低賃金
歩合給を支給する場合において、賃金の100%を歩合給で支給することを「完全歩合制(フルコミッション制)」といいます。
つまり、成果がゼロであれば、賃金もゼロという結果になります。
完全歩合制を導入することが、直ちに違法になるものではありませんが、労働基準法によって「最低保障」が定められていることにより、実際には完全歩合制を実現することができない法制度になっています。
(出来高払制の保障給)
出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
ここで、労働基準法に定められている「一定額」とは、一体どの程度を保障すればよいのかが、条文からは分かりません。
そこで、通達をみると、
「通常の実収賃金とあまり隔たらない程度の収入が保障されるように保障給の額を定めること」(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)と定められています。
そこで、実務的には、労働基準法で定める「休業手当」が、「平均賃金の6割」と定められていることの趣旨から、出来高払制の保障給についても、同様の水準にするのが妥当であるとして、運用されることが一般的になっています。
例えば、平均的に30万円くらいの給与を支給されている従業員については、成果に関わらず(たとえ成果がゼロだったとしても)、18万円くらいの給与は最低保障しなければならない、ということになります。
参考判例
東京地方裁判所の平成14年7月8日の判決では、月々の販売実績に基づいて給料を支払うという完全歩合給制につき、販売実績がゼロである場合に、まったく賃金を支払わず、最低賃金に満たない賃金となることを定めた労働契約は無効であり、その場合、賃金全額について最低賃金と同様の定めをしたものとみなすのが相当とされています。
最低保障と最低賃金
以上より、完全歩合給制の場合には、最低保障額が、賃金水準の6割を下回ってはならず、さらに最低賃金を下回ってはなりません。
つまり前述の例では、18万円程度が最低保障額になりますが、例えば、最低賃金と比べると、20万円を上回る必要がある、などという可能性もあります。
したがって、歩合給を支給する場合には、「歩合給>最低保障額(平均賃金の6割)、かつ、歩合給>最低賃金」となる必要があることに留意しましょう。
歩合給が最低賃金を下回った場合の罰則
時給計算をした結果、時給が最低賃金を下回っている場合には、どうなるのでしょうか。
結論をいうと、それは最低賃金法に違反することになりますので、違法状態にあります。
もし最低賃金に違反した場合には、
「最低賃金と時給額との差額×違法状態にあった労働時間数」
によって算出した額を、会社から従業員に対して返還しなければなりません。
また、これとは別に、会社は、最低賃金法に定められた罰則である「50万円以下の罰金(最低賃金法第40条)」を科せられる可能性があります。
まとめ
歩合給を導入する場合には、最低賃金、最低保障、残業代など、賃金の計算において様々なポイントがありますが、まずは最低賃金を絶対に下回らないことが出発点になります。
誤った労務管理をしないためにも、この記事で理解を深めていただければ幸いです。