働き方改革法(2018年6月29日成立)によって労働基準法が改正され、時間外労働(残業時間)について上限が定められました。
法律の施行日は、以下のとおりです。
①大企業…2019年4月1日
②中小企業…2020年4月1日
なお、大企業と中小企業の区分については、以下の記事をご参照ください。
時間外労働の上限規制は、制度がとても複雑で分かりにくく、会社の労務管理においては、36協定の締結、毎月の労働時間の管理など、実務に大きな影響を及ぼします。
今回は、新しい法律の仕組みについて、事例をふまえながら解説します。
Contents
基礎知識(用語の定義)
法律を正しく理解するために、まずは用語の定義をしっかりと理解しておくことが必要です。
法定労働時間
法律で定められている労働時間であり、労働時間管理に関する最も基本的な規制です。
会社は、原則として、「法定労働時間を超えて従業員を働かせてはならない」というのが法律の建前です。
①1日 8時間
②1週間 40時間
なお、②については特例により、従業員数が10人未満の特定の業種(接客業など)については、1週間の法定労働時間は44時間とされています。
法定休日
法律で定められている休日です。
毎週1回の休日
ここで「毎週」とは、「7日の期間ごとに」という意味です。
必ずしも歴週と同じにする必要はなく、どの7日間を1週間にするか、そのうちどの曜日を法定休日にするかは、会社の就業規則などに従います。
時間外労働
法定労働時間を超えて働く時間をいいます(なお、「残業時間」と同じ意味で用いられることもありますが、厳密には正しくありません)。
例えば、1日9時間働いた場合には、時間外労働は1時間(9時間-8時間)になります。
また、月曜日から土曜日まで6日間、毎日8時間働いた場合、1日単位でみると8時間に収まっているため時間外労働は発生していませんが、1週間単位でみると合計で48時間(8時間×6日間)働くことになるため、4時間(48時間-44時間)の時間外労働が発生していることになります。
時間外労働に対しては、会社は原則として、従業員に対して「割増賃金(25%)」を支払う必要があります。
休日労働
法定休日に働くことをいいます。
法定休日労働に対しては、会社は原則として、従業員に対して「割増賃金(35%)」を支払う必要があります。
時間外・休日労働協定(さぶろく協定)
法定労働時間を超えて、または法定休日に働く場合には、会社は、従業員との間で労使協定を締結したうえで、労働基準監督署に届出をする必要があります。
このときの労使協定を、通称36(さぶろく)協定と呼んでいます。
36協定には、時間外労働や休日労働について、「何時間まで」という上限時間を協定して記入する必要があります。
このとき、どんな時間でも協定できる訳ではなく、これから説明する上限時間を超えて協定することはできません。
また、その前提として、36協定を締結して届け出ておかないと、そもそも時間外労働をすること自体が違法になります。
時間外労働の上限規制【原則】
働き方改革法により、時間外労働について新たに設けられた上限は、以下のとおりです。
①1ヵ月 45時間以内
②1年間 360時間以内
時間外労働は、原則として、1ヵ月あたり45時間以内に収める必要があります。
とはいえ、毎月のように45時間の残業をさせることはできません。
それは、同時に、1年間で360時間以内に収める必要があるためです。
つまり、①の上限だけみると、
45時間×12ヵ月=540時間
という時間外労働が認められそうですが、これでは1年間でみたときに360時間を超えてしまいます。
つまり、上限規制は、1ヵ月単位でみると同時に、年間でも360時間(平均すると月に30時間程度)に収めなければならない、ということになります。
「とりあえず毎月45時間以内に収まっているから問題ない」というような誤った認識をもつのは危険です。
時間外労働の上限規制【例外】
会社を経営するうえで、現実には、予期できないトラブルなどへの対応により、どうしても【原則】の上限時間を超えて働かなければならない場合があります。
そして、法律は、そのような事態に備えて、例外として、もうひとつの上限規制を設けています。
つまり、上限規制には二段階あります。
一段階目は、前述の「1ヵ月45時間・1年360時間」という上限です。
これを超えて、二段階目の上限規制を適用することができます。
そして、二段階目の上限規制を適用するための要件として、「特別条項」付きの36協定を締結する必要があります。
つまり、文字どおり「特別に」原則を超えた時間外労働をする場合があることを協定するのです。
そして、働き方改革法により、特別条項については、以下のように上限時間が定められました。
①1ヵ月 100時間未満
②その月を含む直前の2ヵ月、3ヵ月、4ヵ月、5ヵ月、6ヵ月のいずれにおいても平均80時間以内
③1年間 720時間以内
④特別条項を適用できるのは、年に6回まで
以下、具体例を挙げて順に説明します。
①1ヵ月100時間未満
まずは、100時間「未満」であることに気を付けましょう。
ちょうど100時間の時間外労働をすると、法律違反になります。
以下の図は、1月と2月の時間外労働を例示したものです。
1月は、45時間ちょうどの時間外労働があったとします。
これは【原則】の範囲内であるため、一段階目の上限規制に収まっており、特別条項は関係しません。
2月は、クレームなどの突発的なトラブルがあり、99時間の時間外労働をしました。
45時間を超える時間外労働になりますので、特別条項付きの36協定を締結している(当然、上限時間は100時間と定めていなければなりません)必要があります。
また、例外の上限である100時間未満をオーバーする場合には法律違反となります。
②その月を含む直前の2ヵ月、3ヵ月、4ヵ月、5ヵ月、6ヵ月のいずれにおいても平均80時間以内
この基準があることにより、労務管理が煩雑になります。
まず、3月の時間外労働の上限は、100時間未満ではありません。
なぜなら、①の上限に加えて②の上限が存在するため、「その月(3月)を含む直前の2ヵ月において平均80時間以内」に収める必要があるためです。
つまり、2月に99時間の時間外労働をした場合には、その次の3月については、2月と3月の平均で80時間以内に収める必要があるため、結果として、3月の時間外労働の上限は「61時間(80時間×2ヵ月-99時間)」になります。
したがって、例えば3月に90時間の時間外労働をするようなことはできません。
また、「その月(3月)を含む直前の3ヵ月において平均80時間以内」である必要もあることから、ここでは、3月を含む3ヵ月間の平均でも80時間以内に収まっているかどうかを確認しなければいけません。
この事例では、(45+99+61)÷3≒68.3時間<80時間となりますので、問題ありません。
では、4月の時間外労働の上限はどうなるでしょうか。
ここでは、その月(4月)を含む直前の2ヵ月平均、3ヵ月平均、4ヵ月平均でみて、すべて80時間以内に収めなければいけません。
そうすると、4月の時間外労働の上限は、以下のように判断します。
・2ヵ月平均:80×2-61=99時間
・3ヵ月平均:80×3-(61+99)=80時間
・4ヵ月平均:80×4-(61+99+45)=115時間
上記のうち、「80時間」がもっとも低い上限になりますので、4月に行える時間外労働の上限は80時間ということになります。
このように、平均80時間以内というルールがあることによって、労務管理は煩雑になります。
つまり、ある月の時間外労働の上限が何時間になるかについては、それよりも前の月(最大6ヵ月)の時間外労働の平均をもとに算出しておかなければなりません。
行き当たりばったりで時間外労働をすると、「うっかり上限に違反してしまった」という事態になりかねません。
もしこのような煩雑な計算をしたくないのであれば、毎月、常に80時間以内に収まるように時間管理をしていく必要があります。
③1年間 720時間以内
④特別条項を適用できるのは、年に6回まで
特別条項を適用できるのは、年に6回までになります。
つまり、1年のうち半分の月は、時間外労働を45時間以内に収める必要があります。
さらに、1年間の時間外労働を合計した時間を720時間に収める必要もあります。
ここで注意しなければならないのが、例えば、
45時間×6ヵ月と、80時間×6ヵ月の時間外労働をした場合に、①、②、④の基準でみた場合にはクリアできていますが、③の基準でみたときに1年の合計が750時間となり、上限を30時間オーバーするため法律違反になります。
休日労働について
ここまででも十分にややこしいと思いますが、さらに内容をややこしくさせることがあります。
それは、上記の時間に「休日労働の時間を含めるのかどうか」という点です。
結論は以下のとおりです。
①1ヵ月45時間…法定休日労働を含まない
②1年間360時間…法定休日労働を含まない
③1ヵ月100時間未満…法定休日労働を含む
④2~6ヵ月平均80時間以内…法定休日労働を含む
⑤1年間720時間…法定休日労働を含まない
法定休日を「日曜日」と定めている会社を例として説明します。
・月曜日から木曜日まで4時間、毎日8時間労働した
・金曜日は有給休暇を取得した
・土曜日は所定休日のため、休んだ
・日曜日に休日労働として5時間労働した
この場合、日曜日の休日労働の5時間は、③100時間④80時間に含められます。
一方、⑤720時間についてはカウントされません。
また、日曜日の労働時間を含めても1週間の労働時間の合計が、法定労働時間である40時間を超過していませんので、①45時間②360時間という上限時間には、含まれません。
さらに、前述したような、45時間×6ヵ月と、80時間×6ヵ月で1年の労働時間の合計が750時間となるケースでは、⑤1年720時間の上限に休日労働が含まれないことから、例えば、750時間のうち30時間が休日労働であれば、全体として労働時間が750時間>720時間となったとしても法律的には問題ない、ということになります。
まとめ
働き方改革法による時間外労働の上限規制は、とても分かりにくい制度だと感じます。
実際の運用に当たっては、
・80時間を超える時間外労働が年に2、3回程度ある
・休日労働が月に2、3回程度ある
というような会社は、労務管理について相当の注意をしなければならないでしょう。
いずれにしても、法律を遵守するためには、「残業時間をコントロールしなければならない」ということを、人事担当者だけでなく、現場の管理監督者や従業員にも意識してもらう必要があるでしょう。