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民法改正による「根保証契約」と「身元保証書」への影響について
2020年の「民法大改正」とは?いつから施行される?
民法の改正が2017年6月に公布され、2020年4月1日に施行されます。
今回の改正は、民法のうち主に「債権」、つまり、私人間における売買取引などの契約に基づいて生じる権利関係を定めた部分について行われます。
債権に関する定めの大部分は、明治29(1896)年に民法が制定された当初から変わっておらず、今回の改正は、民法の制定以来、約120年ぶりの抜本的な改正となり、その影響は大きく、労務管理の分野にも少なからず影響を与えることが予想されます。
「根保証契約」とは
改正される民法では、保証人が締結する保証契約のうち、極度額を定めない「根保証契約」は、原則として無効になる旨を新たに定めました。
「根保証契約」とは、簡単にいうと、保証人が現在の債務だけでなく、将来発生する不特定の債務を含めて包括的に保証するなど、保証人になる時点では、どれだけの金額の債務(=保証人としての責任)が発生するのかが分からない契約をいいます。
根保証契約は、保証人が保証契約を締結する時点では、将来いくらの債務を保証するのかが確定していないために、保証人が予想外の債務を負うことにより、最悪の場合、破産などに至る可能性があります。
このような不測の事態から保証人を守るために、民法が改正されました。
「身元保証書」とは
民法の改正が労務管理の実務に影響を及ぼす場面として、「身元保証契約」があります。
そして、その契約を証するための書面として、会社が従業員を雇う際(入社の際)に、実務的に取り交わされることが多いのが、「身元保証書」です。
身元保証書は、従業員が会社に入社した後、万が一、過失によって会社に損害を与えてしまった場合に、「会社に対して損害を賠償する」ということを本人に誓約させると共に、その場合には、親族などの関係者が本人と一緒になって責任を負うことを保証するものです。
身元保証書には、一般的には以下のような文言が記載されています。
【身元保証書の記載例】
身元保証人は、その身元を保証する従業員が、その故意または過失により、会社に損害を与えた場合には、従業員と連帯して、損害賠償金の支払その他の一切の責任を負うこととする。
民法改正による「根保証契約」と「身元保証書」への影響について
前述のような身元保証書における身元保証契約は、保証人にとっては、従業員が、いつ、どのような責任を負うのかを予測することができず、改正後の民法が定める「根保証契約」に該当します。
したがって、民法が改正された後においては、上記のような文言が記載された、これまでのような身元保証契約を締結することについて、法律上の制限が生じることとなります。
民法改正後の身元保証契約について
改正される民法の条文
まず、改正される民法の条文をご紹介します(下線は筆者による)。
第465条の2
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
3 第446条第2項及び第3項の規定は、個人根保証契約における第1項に規定する極度額の定めについて準用する。
上記の条文を簡単に要約すると、「個人で締結する根保証契約は、書面により極度額を定めていなければ、無効になる」ということを意味します。
根保証契約における「極度額」とは
「極度額」とは、保証人が保証契約によって責任を負う上限額をいいます。
極度額は、具体的な金額(例えば、100万円など)で定めなければなりません。
また、「無効になる」とは、法律上、効力を生じないという意味です。
つまり、民法の改正後に、これまでの身元保証契約の実務のように、具体的な損害賠償の金額を定めていない契約を締結しても、その契約は無効となり、いざというときに効力を発揮することはありません。
さらに、上記第3項にある「第446条第2項及び第3項」とは、保証契約は、「書面または電磁的記録」でしなければ、その効力を生じないという内容を定めている条文です。
したがって、極度額を定める場合には、口頭で約束するだけでは足りず、必ず身元保証書など、書面によって契約をすることが必要です。
したがって、極度額の金額は、当事者の合意に委ねられており、金額の如何によって契約が無効になるようなことはありません。
身元保証人の極度額(上限額)を定める場合の考え方
今後の実務において悩ましいのは、「身元保証人の極度額をいくらにするか」という点です。
会社側としては、将来、従業員が会社に損害を与えた場合のリスクヘッジという身元保証書の目的に照らすと、いざという時に実効性のない、つまりは低額な極度額を定めたくはないと考えるでしょう。
しかし、一方で、極度額をあまりに高額にしてしまうと、身元保証人が保証をすることに躊躇してしまい、手続きが進まないばかりか、会社に対する印象を悪化させる結果にもなりかねません。
そこで、実務上、極度額を定める場合、どのあたりを落としどころにするかが、頭を悩ませることになるでしょう。
もちろん、「極度額を1千万円とする」などと具体的に金額を明記するのがベストというのは間違いありませんが、具体的な金額があらわになることの抵抗感を感じる会社も多いことでしょう。
そこで、一つの考え方として、「従業員の月給(または年収)の一定倍数」を極度額としてはどうか、というものがあります。
例えば、「従業員の初年度月給の12ヵ月分を極度額とする」と定めるようなケースです。
この極度額は、従業員の年収に比例するため、直接的な金額を記載せずとも、保証人にとっては、従業員の年収を本人に確認することにより把握することで、ある程度具体的に、保証人が今後責任を負うかもしれない責任の範囲を予測することが可能になります。
ただし、この場合でも、初年度の給与額を具体的に明記しておく方が望ましいでしょう。
新卒採用であれば、初任給をある程度予測することは可能ですが、中途採用になると、身元保証人にとって予測できる範囲を超えることがあり得るためです。
したがって、極度額の定めは、その定め方が抽象的になるほど、場合によっては、身元保証人を保護する観点から、裁判において、このような契約は無効であると判断されるリスクがあることに留意すべきです。
民法改正を受けた身元保証書(身元保証契約)の見直しについて
極度額を定めることの必要性
会社が労務リスクの観点から、法的に有効な身元保証契約を締結するためには、やはり極度額を具体的金額で記載するほかありません。
しかし、従業員の会社に対する損害賠償額は、最終的には裁判で決まるものであり、業務の内容、当事者双方の過失の程度、斟酌すべき事情などを総合的に勘案して決定されます。
過去の裁判例においても、会社が発生した損害のすべてを従業員に対して請求し得るのは、よほど悪質なケース(横領など、刑法上の犯罪行為)に限られているようです。
したがって、入社の段階で、会社が、将来従業員が負うべき損害賠償額を的確に予測することはほぼ不可能であり、合理的な極度額を算出することは現実的ではありません。
身元保証書の目的・あり方の見直し
身元保証書には、従業員が入社時に、その会社で真面目に業務に励み、誠実にその職務を全うすることを誓約し、その内容を保証するという、いわば道義的な側面もあります。
つまり、身元保証書は、「保証人に迷惑をかけられない」という心理的なプレッシャーが、従業員の気持ちを引き締める、という効果を狙っている側面もあります。
損害賠償の定めについていえば、実際に適用される場面はかなり限定的であり、世の中の身元保証書の存在意義を観察すると、実質的には形骸化しているケースが多数といえるのではないでしょうか。
そうすると、今回の民法改正を機に、身元保証書の損害賠償請求という側面が本当に必要であるかを見直し、場合によっては当該項目を削除するとともに、その上で、なお、身元保証書を締結することが会社にとって本当に必要であるかどうかを再検討することが必要になると考えます。
民法の施行日前に締結された身元保証契約の効力
会社においては、民法の施行日(2020年4月1日)よりも前に締結された身元保証契約が存在することもあり、法律の改正によって、この契約が無効になってしまうのかどうか、判断に迷うケースもあるかと思います。
この点、民法の施行日前に締結された保証契約にかかる保証債務については、「なお従前の例による(つまり、効力はそのまま存続する)」との経過措置が定められています(改正民法附則第21条Ⅰ)。
したがって、民法の改正時点で既に締結されている身元保証契約については、極度額の有無は問題となりません(前述のとおり、だからといって実際に損害のすべてを請求できるかどうかは別問題になります)。
まとめ
身元保証書は、実務上、多くの会社が取り交わしているため、民法の改正を受けて、会社は書面の内容の見直しなど、対応を迫られることでしょう。
今後の実務において、極度額をどのような基準で設定し、記載すべきかなどについては、蓋を開けてみないことには不明であり、今後の各会社における実務の取扱いや裁判例などを参考にしながら、長い年月をかけて取り扱いが定着していくことと考えます。