2020年4月1日に健康増進法が改正され、会社が受動喫煙の防止措置を講じることが義務化されることに伴い、世間の受動喫煙に対する意識が高まっています。
このような動きの中、会社によっては、職場内を全面禁煙にすることに加えて、従業員の健康管理の側面から、禁煙推進の手段として、新たに「禁煙手当」の支給を検討する動きも見られます。
禁煙手当は、10年以上も前から、健康意識の高い会社で支給をしている例が見受けられました。
今後は、さらに導入を検討する会社が増えていくことでしょう。
そこで、今回は、禁煙手当について、その効果(メリット・デメリット)や手当の支給額の相場感など、会社が禁煙手当を導入する際に検討しておくべきポイントを解説します。
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禁煙手当の種類
会社がいわゆる「禁煙手当」として支給している手当を、その性質から分類すると、概ね次の2つに分けることができます。
- 喫煙者の従業員が禁煙した場合に、「禁煙達成への報奨」として支給するもの
- 非喫煙者および禁煙している従業員に対して、一律に支給するもの
いずれの禁煙手当も、「社内の禁煙意識を高めて、非喫煙者を増やす」という目的においては共通しています。
①禁煙達成への報奨として支給するもの
①は、新たに禁煙した従業員に対して、禁煙達成時に禁煙手当を支払うものです。
つまり、喫煙者である従業員が禁煙を達成した場合に、その禁煙達成への報奨として、努力に報いるために、禁煙手当を支給するものです。
現在喫煙者である従業員にとっては、禁煙に踏み切るためのインセンティブとして、禁煙手当が有効に機能します。
つまり、最初から周囲や会社に迷惑をかけていない非喫煙者が手当をもらえず、喫煙者だけが手当をもらえるのはおかしい、という主張です。
②非喫煙者に対して、一律に支給するもの
②は、非喫煙者および禁煙をしている従業員に対して、一律に禁煙手当を支払うものです。
その趣旨として、たばこを吸わない「嫌煙」社員を、会社として評価しようとするものです。
対象者は①と比べて多くなるため、会社にとっては手当にかかる人件費(支給総額)が膨らむという金銭的な負担は生じますが、①の手当を導入する場合に比べれば、従業員からの不満は比較的生じにくい制度であるといえるでしょう。
禁煙手当の効果(メリット・デメリット)
会社が禁煙手当を導入することによるメリットは、次のとおりです。
【禁煙手当のメリット】
- 従業員の健康増進を図ることができる
- 社内の禁煙意識を高めることができる
- 受動喫煙(臭いによる被害を含む)を減らし、職場環境を向上させることができる
- たばこを吸う時間が削減され、職務に専念できる(生産性が向上する)
- 喫煙のために職場を離れる従業員と、喫煙しない従業員との間で実質的な労働時間が異なる不公平感を解消することができる
- 募集・採用時に、受動喫煙防止に取り組んでいる会社であることをアピールできる
- 飲食店など接客業においては、客への臭い被害を防ぐことができる
会社が禁煙手当を導入することによるデメリットは、次のとおりです。
特に、禁煙手当を受給している従業員が、喫煙を再開したにも関わらず、会社に申告をせずにそのまま禁煙手当を受給し続けるようなケース(不正受給)は、発生しがちなリスクといえるでしょう。
このようなケースに備えて、不正受給が発覚した場合の返還手続や懲戒処分などの社内手続を、あらかじめ検討しておくべきでしょう(後述)。
【禁煙手当のデメリット】
- 手当の支給に要する費用がかかる
- 虚偽の申告をする従業員が現れる可能性がある
禁煙手当の導入企業の相場
禁煙手当を導入している会社の実例をご紹介します。
- たばこを吸わない管理職に対して年間30万円、一般社員に対しては年間20万円を支給する
- たばこを吸わない社員に対して、一律に月額2,000円を支給する
- 1ヵ月間たばこを吸わなければ、月額5,000円を支給する
- たばこを吸わない正社員に対して、月額1万円を支給する
- 1月の仕事始めに「禁煙宣言」をした社員に対して、まず一律に2万円を支給し、その後は毎月1,000円の禁煙助成金を支給する(助成金額は前年度の業績に連動して増減する)
- たばこを吸わない管理職に対して、月額1万円を支給する
- 社内を全面禁煙にし、禁煙手当として全社員に月額1万円を支給する
また、手当の金額については、月額2,000円から1万円くらいが相場であると考えます。
さらに、会社によっては、手当の支給ではなく、「非喫煙者に対して年間最大6日の有給を(法定の有給とは別に)与える」というように、特別休暇の付与によって非喫煙者を優遇するケースもあります。
これにより、健康増進を図ることができるとともに、喫煙者と非喫煙者との間の不平等感(実質的な労働時間が異なる)の解消を図ることができると考えます。
禁煙手当の制度設計について
禁煙手当を支給する際の懸念事項として、その適用が自己申告制にならざるを得ない、という点があります。
従業員が本当に禁煙をしているかどうか(職場内だけでなく、自宅など職場外でも喫煙していないかどうか)、会社が確認することは容易ではありません。
そこで、禁煙手当を導入する場合には、最低限、次の内容を取り決めておき、従業員に対して牽制しておく必要があると考えます。
【禁煙手当の制度設計】
- 対象者(例:管理職のみ、正社員のみなど)
- 禁煙の達成時期(例:1ヵ月たばこを吸わなければ、禁煙達成とする、など)
- 申告方法(例:非喫煙者は支給請求書、喫煙者は禁煙を誓う「健康宣言書」を提出する、など)
- 再び喫煙を開始した場合の、取り消し方法
- 喫煙をしながら不正に支給を受けた場合の、返還方法、懲戒処分(後述)
禁煙手当の返還を求めることはできるか(不正受給に対する懲戒処分)
従業員が再び喫煙を開始したことを隠して(虚偽の申告をして)、不正に禁煙手当を受給していた場合、会社がどのように対処すべきかが問題になります。
この場合、手当の支給事由が消滅したとして、手当を支給停止にすることはもちろん、不正受給に係る禁煙手当の返還を当該従業員に請求することは、法的に問題ありません。
本来受給できないはずの禁煙手当を不正に受け取ったため、会社は、従業員に対して、不当利得の返還請求(民法第703条、704条)または不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)を行うことになります。
ただし、「禁煙手当を不正受給した従業員は、会社に対して100万円を支払うこと」などのように、あらかじめ違約金の額を定めることは、損害賠償額の予定の禁止(労働基準法第16条)に抵触するため、このような雇用契約や就業規則は、法的に無効と解されますので注意が必要です。
また、不正受給した禁煙手当分を、従業員の給料から天引きして返還させることも、相殺を禁止する労働基準法第24条に違反する可能性があるため、留意する必要があります。
禁煙手当を不正受給した従業員に対する懲戒処分
従業員が禁煙手当を不正受給した場合、その返還に加えて、懲戒処分を科すことも検討しておきましょう。
会社が懲戒処分を科すには、雇用契約や就業規則上の根拠が必要であるため、禁煙手当を支給する場合には、併せて就業規則などを整備するとよいでしょう。
就業規則には、禁煙手当を不正受給した場合に、どのような懲戒処分(けん責・戒告など)を科すのかを、具体的に定めておく必要があります。
ただし、懲戒処分は、従業員の非違行為の程度と、それに対する処分の重さのバランスがとれていることが必要ですので、実際に制度を運用する際には、従業員の非違行為に対して科す処分が重過ぎないかどうか、慎重に判断することが必要になります。
極端な例ですが、禁煙手当を受給している従業員が、うっかりたばこを一本吸ってしまったことをもって、懲戒解雇などの処分を行うのは、法律上無効になる可能性が高いため、会社が懲戒処分を科す際には、念のため弁護士など確認することが必要です。
まとめ
会社にとっては従業員が財産であり、従業員の健康なくして会社は成り立ちません。
働き方改革による長時間労働の抑制や、健康増進法による受動喫煙防止の流れも相俟って、いよいよすべての会社が「健康経営」に本腰を入れる時期に差し掛かっているのではないでしょうか。
非喫煙者や禁煙者を、会社として評価するための仕組みとして、禁煙手当は有効な福利厚生のひとつといえるのではないでしょうか。