多くの会社が、就業規則などにより、従業員が退職する際には、退職届または退職願を提出するよう義務付けています。
私たちは普段何気なく「退職届」や「退職願」という言葉を使っていますが、あらためて「法律的にどのような違いがあるのか」と問われると、しっかりと説明することができる方は少数派なのではないでしょうか。
今回は、法律的な観点から、あらためて両者を比較しながら解説します。
また、退職届(願)がメールで送られてきた場合など、会社で実際に起こりがちなケースについても、法律的にみてどのように対応すべきかを解説します。
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退職届と退職願の違いは?
退職届と退職願は、言葉を素直に解釈すると、
退職届…退職を届けること
退職願…退職したい旨を願い出ること
という意味になると思います。
では、法律では、両者について明確に定義されているのでしょうか。
実は、労働基準法などの法律には、退職届や退職願という言葉の定義は存在しないため、法律の考え方をベースにして区別していく必要があります。
退職とは、法律的にみると、会社と従業員との間の労働契約を、従業員から終わらせることを意味します。逆に、会社から労働契約を終わらせることを「解雇」といいます。
そして、法律では、労働関係が従業員の意思表示によって終了する場合として、2つのパターンが存在します。
それが「合意解約」と「辞職」です。
合意解約とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することをいいます。
辞職とは、労働者による労働契約の解約をいいます。
(菅野和夫「労働法(第十版)」より引用)
まず、合意解約について説明します。
合意解約は、実際には「依願退職」と呼ばれることがあります。
「合意」と付くのですから、合意解約が成立するためには、「労働者と使用者が合意」することが必要です。
つまり、合意解約が適法に成立するためには、
①労働者(従業員)から「退職したいと申し出る」こと
②使用者(会社)が「退職することについて承認する」こと
の2つの要件を満たすことが必要です。
そして、従業員は、「退職したい」という意思表示を書面で行うために「退職願」を作成するのです。
また、ここでのポイントは、②の会社による承認があるまでは、合意解約は成立していないため、会社の承認がなされるまでは、従業員から①の申出を撤回することが可能になります。
次に、辞職について説明します。
辞職は、単純に「退職します」という意思表示です。
辞職を申し出た時点で、退職することが法律上確定し、書面は単なる退職するという事実を伝えるためだけに存在します。
つまり、「退職する」という事実を届け出るための書面として「退職届」を作成するのです。
実務上の運用
実際には、退職届なのか、退職願なのか、そしてそれらの法律的な効力がどうであるのか、これらを従業員はもちろん、会社の担当者であっても意識して区別していないことがほとんどなのではないでしょうか。
それでは、会社としては、実際に提出された退職届(願)をどのように取り扱うのが正しいのでしょうか。
この点、従業員からはっきりと「辞職です」と申し出られたような場合を除いては、いったんは「退職願」として受け取ったものと捉えておき、きちんと退職の承認をしておくことが必要です。
会社のリスクとしては、退職を法律的にきちんと確定させておかないと、後に撤回されるリスクが生じるためです。
自主退職に理事長の承認を必要とするとしていたところ、その承認がなされる前に、従業員の弁護士によって「引き続き働きたいのでもう一度話し合いたい」という旨の電話連絡を、退職の申し込みの撤回として認めた(横浜地判平23.7.26)。
また、よくある勘違いとしては、会社が退職願を「受理する」ということに留めてしまうことです。
担当者や所属部長などが退職願を受理したとしても、それをもって退職の効果は発生せず、人事権を持つ者などによって承認する行為を必要とするということです。
法律的には、これらを受理したうえで「承認する」ということまで行って、初めて合意解約が成立するという点を忘れてはならないでしょう。
常務取締役観光部長には退職の承認権限がなかったものとして、同部長により退職届が受理された後においても、従業員の退職の撤回を認めた(岡山地判平3.11.19)
こんな退職届は法律的に有効?無効?
前述の退職に関する法律的な考え方を踏まえて、他にも退職届(願)をめぐって実際に問題になるようなケースについて考えてみましょう。
従業員が「明日付で退職します」など、いきなり退職したいと申し出た場合
退職時期については、民法という法律で定められています。
民法第627条では、正社員など雇用の期間を決めていない従業員については、2週間前までに予告をすることにより、退職することができることが定められています。
逆にいうと、従業員が会社を退職することができるのは、最短でも2週間後になるのが原則といえます。
「急に来なくなる」ことや、「明日退職します」という退職届(願)を提出することは、会社が承認しない限りは、法律上、有効と認められるものではありません。
もちろん、実際には従業員を引きずってでも無理に出社させることはできませんので、急に来なくなったとしても、会社としては実質的には手の施しようがありませんから、ある意味ではすぐにでも会社を辞めることができるといえるのかも知れません。
しかし、このような身勝手な行動により、会社に不測の損害を生じさせた場合には、法律上、従業員は会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
2週間の予告期間を置かない突然の退職について、従業員の損害賠償責任を認めた(東京地判平4.9.30)
したがって、無用なトラブルを生じさせないために、退職届(願)については、会社の就業規則などに従い適切な手続きによることを心掛けるべきでしょう。
メールによる退職届(願)
従業員から会社に対して、メールやLINEで退職する旨を伝えるケースです。
この場合、法律的に退職は有効となるのでしょうか。
結論として、前述の合意解約や辞職については、書面で行う必要はありません。
口頭やメールで行ったとしても、法律的には有効です。
ただし、口頭やメールでは、後々争いになった場合に「証拠の有効性として」問題になることが考えられます。
個人的にはモラルに問題があると感じますが、ハラスメントなどで上司との関係に問題がある場合など、メールによる連絡が仕方ないケースもあるため、実際には一定数このような退職の仕方も存在するかと思います。
会社が退職届(願)を受け取らない、承認しない場合
会社としては、人材不足などにより、退職届(願)をすぐには承認できない場合や、まずは引き留めたい、話し合いたいという場合もあるでしょう。
もちろん、会社の意思を伝え、本人がそれに応じれば問題ありません。
しかし、本人の退職の決意が固い場合には、法律的には本人の申出から2週間で退職の効力が発生することを踏まえ、会社としては無理に引き留めるようなことはせず、誠実に対応することが適切であると考えます。
退職届(願)の退職理由の記載に問題がある場合
大多数の退職届(願)には、退職の理由として、「一身上の都合」と記載されています。
この退職理由について、例えば、「会社都合により退職」と書かれた退職届(願)が提出された場合、会社はこれを承認することで何らかのリスクが生じるのでしょうか。
結論をいうと、退職届(願)に記載された退職理由がどのようなものであるかによって、何らかの法律的な効力を生じさせるものではありません。
そもそも、法律上、退職の際に退職理由を記載する義務はありませんし、あくまで退職届(願)の目的は、退職日を確定させることにあります。
退職後に支給される失業給付(雇用保険)については、退職理由が会社理由であるのか自己都合であるのかによって給付内容が異なりますので、一見影響を及ぼしそうではありますが、雇用保険は離職証明書に基づき手続を行い、会社の証明する退職理由に問題がある場合には、従業員が異議を申し出るといった手続が存在しますので、ここで退職届(願)の記載内容が問題になることはありません。
感情的になった従業員から、「ハラスメントにより退職する」などの退職理由が書かれた退職届(願)が提出されるようなケースがあり得ますが、この場合でも、会社として、それに対して退職理由の書き直しを命じたりするようなことは特に必要ないといえるでしょう。
なお、「一身上の都合」というのは、言葉として自己都合であるか会社都合であるかを特定しにくいものであり、実際には退職理由の書き方如何で問題を生じさせにくい、とても便利な言葉であるといえます。
ただし、弁護士によっては、退職の強要やハラスメントあった場合など会社側に問題がある場合には、その後の紛争に備えて、曖昧な退職理由の記載を避けるべきと指導することもあります。
まとめ
退職届や退職願は、円満退職の場合には、実務上その違いをあまり意識することはありませんが、労務トラブルが起きている場合や起きることが予想される場合には、法律的な観点から、適切な対応をすることが必要不可欠です。
本稿により、論点を整理していただけると幸いです。