労働時間は、労働基準法において、法定労働時間、時間外労働の上限規制、割増賃金(残業代)の支払などに直結するため、会社にとっては、この労働時間をいかに正確に把握するかが、労務管理における重要な課題のひとつといえます。
会社においては、従業員を対象とした研修(教育訓練)や勉強会が実施されることがありますが、これらの時間については、その時間を労働時間として取り扱うべきかどうか、法律上の明確な線引きがないために、取り扱いに困ることがあり、安易な運用は労務トラブルを招きかねません。
そこで、今回は、研修、教育訓練、勉強会などについて、通達や裁判例を紐解きつつ、これらの時間が労働時間に該当するかどうかを判断する際のポイントを解説します。
研修、教育訓練、勉強会が労働時間に該当するかどうかの判断基準
「研修・教育訓練」の具体例
会社における「研修・教育訓練」とは、例えば、以下のような時間が挙げられます。
- 始業前、終業後に行われる勉強会の時間
- 昇進試験、資格取得のための勉強時間
- 会社が実施する研修会、教育訓練の時間
これらの時間が労働時間に該当するかどうかについては、労働基準法などの法律において、明確な定義付けがなされていないため、一括りに労働時間に該当する、しないと言い切ることはできません。
そこで、会社は、その研修会や勉強会の目的や性質ごとに、それらの時間が労働時間に該当するかどうかを個別に判断することが必要になります。
労働時間に該当するかどうかの判断基準
研修、教育訓練、勉強会が労働時間に該当するかどうかについては、以下の基準が判断する際の目安になります(厚生労働省リーフレット『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』より一部引用)。
【研修・教育訓練の取扱い】
研修・教育訓練について、業務上義務付けられていない自由参加のものであれば、その研修・教育訓練の時間は、労働時間に該当しない。
逆にいうと、業務上義務付けられている強制参加のものであれば、その研修・教育訓練の時間は、労働時間に該当する。
上記の判断基準によると、研修等の時間が労働時間に該当するかどうかは、「業務上義務付けられているかどうか」が柱になります。
そこで、次に、「どんな場合に、業務上義務付けられているといえるのか」を考える必要があります。
そこには、「当事者の主観」が大きく影響するためです。
会社側は強制しているつもりがなくても、従業員側からすると「強制されている」と認識しているケースは実際に非常に多いものです。
できる限り、以下にご説明するような、客観的な物差しで慎重に判断することが大切です。
「業務上義務付けられている」の判断基準
研修や勉強会が「業務上義務付けられている(≒強制参加)」と判断されるための要素として、例えば次のようなものが挙げられます。
- 従業員の業務内容と直接的な関係がある、もしくは、密接な関連性があるもの
- 職場環境の維持向上に関するもの(安全衛生に関するものなど)
- 法令で会社の義務とされているもの
①従業員の業務内容と直接的な関係がある、もしくは、密接な関連性があるもの
例えば、表面上は研修会への参加は強制していないものの、出席しなければ業務に最低限必要な知識やスキルが習得できず、業務が行えないような場合がこれに該当します。
また、従業員が業務を遂行するうえで、その資格の取得が不可欠とされているような場合の、その資格の取得に対応するための研修会や勉強時間が該当します。
逆にいうと、同じ資格の取得であっても、単に自己啓発目的の勉強時間は労働時間にはなりません。
ここで、「資格の取得が不可欠」というためには、例えば、従業員が資格を取得しない、もしくは受験しないことで、人事査定においてマイナスの評価がなされる(その結果、昇給や給与・賞与に影響がある)など、従業員に何らかの不利益が生じる場合には、会社から従業員に対する「事実上の命令」が存在するといえるため、その場合は労働時間であると判断するべきでしょう。
一方、会社が一定の資格を取得した従業員について、資格手当の支給など労働条件面で優遇している場合や、勉強会参加者への弁当の支給など何らかの支援措置がある場合については、資格を取得していない従業員を不利に取り扱うものではないため、基本的に労働時間に該当しないと考えてよいでしょう。
前掲のリーフレットでは、この点に関して次のような具体例を挙げていますので、参考にしてください。
- 会社が外国人講師を呼んで開催している、任意参加の英会話講習を従業員が受講する時間は、労働時間に該当しない(英会話は業務と関連性がないことが前提)。
- 従業員自らが担当する業務について、あらかじめ先輩社員がその業務に従事しているところを見学しなければ実際の業務に就くことができないとされている場合の業務見学は、労働時間に該当する。
- 使用者が指定する社外研修について、休日に参加するよう指示され、後日レポートの提出も課されるなど、実質的な業務指示で参加する研修は、労働時間に該当する。
②職場環境の維持向上に関するもの(安全衛生に関するものなど)
②は、主に安全衛生の観点から、会社が従業員に対して実施する研修や勉強会をいいます。
会社は従業員の労働安全衛生について、労働安全衛生法など諸法令の適用を受けるため、必要に応じて職場環境の維持向上のために研修等を実施する必要があります。
特に、労働安全衛生法によって義務付けられる安全衛生教育については、通達(昭和47年9月18日基発602号)により「労働時間に該当する」ことが明確にされているため、原則として労働時間に該当します。
【労働安全衛生法による安全衛生教育】
労働安全衛生法第59条および第60条の安全衛生教育は、労働者がその業務に従事する場合の労働災害の防止をはかるため、事業者の責任において実施されなければならないものであり、したがって、安全衛生教育については所定労働時間内に行うのを原則とすること。
また、安全衛生教育の実施に要する時間は労働時間と解されるので、当該教育が法定時間外に行われた場合には、当然割増賃金が支払われなければならないものであること。
③法令で会社の義務とされているもの
法令で訓練の実施が会社に義務付けられているものとして、「消防法に基づく消火、通報、避難訓練」が挙げられます。
これらの時間は通達(昭和23年10月23日基収3141号)により「労働時間に該当する」ことが明確にされているため、原則として労働時間に該当します。
【消防法に基づく消火、通報、避難訓練】
消防法第8条の規定により法定労働時間を超えて訓練を行う場合においては時間外労働として法第36条の協定を締結して行わなければならない。
研修、教育訓練、勉強会に関する裁判例
NTT西日本ほか事件(大阪高等裁判所 平成22年11月19日判決)
会社がウェブ学習を奨励した時間が労働時間に該当するかどうか争われた事件では、以下の理由から「会社の指揮命令下においてなされた労働時間と認めることはできない」と判断しました。
- ウェブ学習は、パソコンを操作してその作業をすること自体が、会社の利潤を得るための業務ではない。
- ウェブ学習は、むしろ、従業員個人のスキルアップのための材料や機会を提供し、各従業員がその自主的な意思によって作業をすることによってスキルアップを図るものである。
- 会社は自己研鑽のためのツールを提供して推奨しているにすぎず、それをもって業務の指示とみることはできない。
豊田労基署長(トヨタ自動車)事件(名古屋地方裁判所 平成19年11月30日判決)
従業員が過労死した事件で、従業員の行っていた「QCサークル活動」が労働時間に該当するか争われた事案です。
QCサークル活動とは、従業員が、自社の製品やサービスなどの品質管理や品質改善を行うために小グループ(QCサークル)をつくり、活動することをいいます。
裁判所は、「QCサークル活動は、事業主の事業活動に直接役立つものであり、使用者の支配下にある業務(労働時間に該当する)と認められる」として、労働時間に該当すると判断しました。
八尾自動車興産事件(大阪地方裁判所 昭和58年2月14日判決)
経営協議会の下に設けられていた「各専門種委員会」に出席していた時間について、その時間は会社の業務としてなされたものであって、従業員が各専門委員会に出席して活動した時間は、時間外の労働時間というべきであるから、これに対して、会社は割増賃金を支払う義務があると判断しました。
会社が研修会等を実施する際の留意点
上記をふまえ、会社が研修会や勉強会を実施する際の留意点を解説します。
- 研修会や勉強会について、各研修会や勉強会の性質を踏まえ、労働時間に該当するかどうかを慎重に判断する。
- 「労働時間に該当する」と判断した場合には、労働時間として適正に把握し、研修などが時間外に行われた場合には、時間外手当(割増賃金)を支払う。
- 「労働時間に該当しない」と判断した場合には、従業員への案内において、以下の点に留意する。
- あくまでも任意の参加であることを明らかにし、参加しなかった場合に人事評価などにおいて不利益な取り扱いをしない。
- 報告書などの提出を求めない。
- 参加しない従業員に対して、不参加の理由を問いたださない。
まとめ
研修会や勉強会などは、従業員のスキルを向上し、会社の生産性を高めるために積極的に実施されるべきものです。
しかし、一方で、労使間の認識の相違によって、労務トラブルが生じやすい性質のものでもあります。
無用なトラブルを避けるためにも、労使間で研修会や勉強会の時間の労働時間性を事前に明確にし、相互に理解したうえで実施することが望ましいでしょう。