2019年2月15日に大阪高等裁判所にて、「アルバイト職員に対して賞与を支給しないことが、労働契約法に違反する」とした判決がありました。
賞与について、正社員とアルバイトとの不合理な格差を認めた判決は初めてであり、非常に世間の注目を集める裁判になりました。
「同一労働同一賃金」への関心が高まる中で、どのような場合に正規・非正規間の格差が不合理となるのかについて、この裁判例はとても重要な位置づけになると考えます。
そこで、今回は、大阪医科大学事件の第一審・第二審判決について、同一労働同一賃金の観点から紐解いていきたいと思います。
今回は初めて「賞与」にスポットを当てて不合理な格差を認めた、という点で画期的な判決といえます。
Contents
事件の概要
まずは、事件の概要をご説明します。
事件の当事者
【原告(訴えた側)】大阪医科大学(大阪府高槻市)で研究室の秘書として働くアルバイト職員(50歳代)
【被告(訴えられた側)】大阪医科大学
【裁判所】大阪地方裁判所(第一審)、大阪高等裁判所(第二審)
訴えの内容
- 正職員(無期雇用職員)とアルバイト職員(有期雇用職員)との待遇格差(同じ経験年数の正職員と比較して55%程度であること、賞与が支払われないことなど)は、労働契約法第20条に違反する
- 正職員との賃金差額として、約1,038万円の支払いと、慰謝料等として約135万円の支払いを求める
判決の内容
- 第一審(2018年1月24日)…被告の勝訴
- 第二審(2019年2月15日)…原告の(一部)勝訴→被告に約110万円の損害賠償を命じる
訴えの経緯
原告となった50歳代の女性は、2013年1月に大阪医科大学の研究室の秘書として採用されました。
平日5日間、1日あたり7時間程度の勤務形態で、2016年3月まで勤務した後、退職しました(なお、正確には、2015年3月に適応障害と診断されたことにより、最後の1年間は欠勤し、2016年3月に契約期間満了)。
正職員とアルバイト職員の労働条件の相違について
正職員とアルバイト職員の労働条件の相違は、以下のとおりです。
なお、正職員(無期雇用職員)とアルバイト職員(有期雇用職員)との待遇格差は、同じ経験年数の正職員と比較して55%程度の水準でした。
争点
本件では、正職員とアルバイト職員との間の格差が、労働契約法第20条に違反するかどうかが争われました。
労働契約法第20条では、雇用契約に期間の定めがある場合には、労働者の業務の内容や責任の程度に照らして不合理であってはならないとされています。
しかし、法律ではこれ以上の具体的な定めがありませんので、どのような場合に不合理となるかについては、個別の事情を踏まえながら、裁判などで争って明らかにしていくしかありません。
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
第一審判決(大阪地方裁判所)
第一審判決は、賞与に関して、「賞与は長期雇用を想定して支給している」として請求を棄却しました(総じて、原告の敗訴となりました)。
つまり、賞与は、長期の雇用が想定される正職員の雇用を確保するための、いわばインセンティブだとして、正職員にのみ支給することにも一定の合理性があるとしたのです。
賃金の格差について不合理な労働条件の相違といえないとした、判決の理由の要旨は以下のとおりです。
- 正職員とアルバイト職員の職務の内容や異動の範囲が異なること
- 正職員は一定の能力を有することを前提に採用される(職能給の性質)が、アルバイト職員は特定の業務を前提として採用されている(職務給の性質)こと
- アルバイト職員が正職員の指示を受ける立場にあること
- 正職員への登用試験制度があり、アルバイト職員も正職員として就労する方法がないわけではなく、能力や努力で労働条件の相違の克服が可能であること
- 同じ経験年数の正職員と比較して年収55%という相違の程度は一定の範囲に収まっているといえること
また、賞与に関する判決の要旨は以下のとおりです。
- 正職員に対して賞与を支給することは、長期雇用が想定され、正職員の雇用の確保等に関するインセンティブとして一定の合理性がある
- アルバイト職員については、正職員と同様のインセンティブが想定できない上、雇用期間が一定でないことから、賞与算定期間の設定等が困難であるという事情がある。
さらに、判決は、夏期特別休暇や私傷病による欠勤の際の補償等についても、大学の正職員には長期雇用が想定されていることなどの理由から、不合理な労働条件の相違とまではいえないとして、原告の請求を全面的に棄却しました。
第二審判決(大阪高等裁判所)
結果として、第二審判決においては、原告のアルバイト職員の女性に対して、2年分の賞与約70万円を含む、約110万円の支払いを命じました(原告一部勝訴)。
以下、基本給と賞与の判決結果とその理由をメインに解説します。
基本給について
基本給については、原告であるアルバイト職員が採用された時期と、近い時期に採用された正職員との間に、2割程度の賃金格差がありました。
この賃金格差について、第二審判決では、以下の項目のそれぞれについて検証した結果、このような相違(賃金格差)があることは不合理ではないと判断しました。
- 職務
- 責任
- 異動可能性
- 採用に際して求められる能力
- 賃金の性格
①の「職務」については、正職員の業務内容は、多岐にわたり、例えば法人の事業計画の立案や、法人の経営計画の管理など、法人全体に影響を及ぼすような重要な施策が含まれており、これに伴って②の「責任」も大きいと判断されました。
一方、アルバイト職員の業務内容は、スケジュール管理や備品管理など、定型的で簡便な業務や雑務などが大半でした。
次に、③の「異動可能性」については、正職員はあらゆる部署への異動の可能性があるのに対して、アルバイト職員については、一部例外的に異動の実績はあったものの、原則として異動の可能性はありませんでした。
④の「採用に際して求められる能力」については、①②③の違いから、正職員は、将来にわたってどの部署にも適応できる能力をもつ人を採用していたのに対し、アルバイト職員は、定型的で簡便な作業ができる人を採用していました。
最後に、裁判所は、⑤の「賃金の性格」について、正職員の賃金は、「職能給的な賃金(勤続年数に伴って、職務を遂行できる能力が向上することに対する賃金)」であるのに対して、アルバイト職員の賃金は、「職務給的な賃金(特定の簡易な作業に対応する賃金)」であると判断しました。
しかし、この判断には、会社ごとの個別の事情が大きく左右しますので、この判決を受けて単純に「2割程度の賃金格差なら法的に問題ない」と判断してしまわないように注意が必要です。
賞与について
第二審判決では、まず、賞与の性質については、そもそも以下のような多様な趣旨を含むものであることを示しました。
- 労務の対価の後払い
- 功労報償
- 生活費の補助
- 労働者の意欲向上
それでは、大阪医科大学の賞与は、上記のうち、どのような性質であると判断されたのでしょうか。
大阪医科大学の正職員の賞与は、年2回支払われていましたが、いずれの賞与も、「基本給の何ヵ月分」という単純な算出方法でした。
そして、賞与は基本給にのみ連動しており、従業員の年齢や成績、法人の業績などには一切連動していないものと評価されました。
つまり、正職員の賞与は、「賞与が算定される期間に在籍して就労していたこと、それ自体に対する対価としての性質を有する」と判断されました(≒上記の②の性質)。
そして、大阪医科大学の賞与は、「就労していること」の対価であり、アルバイト職員も就労していること自体は同じであることから、正職員との相違は不合理であると判断しました。
ただし、賞与の金額については、月給制の有期契約の職員には、正職員の8割が支給されていたことを踏まえ、アルバイト職員は正職員の6割の支給が妥当と判断しました。
この事情が、なおさら、この判決における裁判所の判断において「アルバイト職員にだけ賞与が支給されない」という格差が一層不合理であることを際立たせる要素になったといえます。
その他
夏期特別有給休暇
正職員には夏期に5日の特別有給休暇が与えられるのに対して、アルバイト職員は当該休暇を取得できない点については、アルバイト職員であっても、フルタイムで勤務していれば、正職員と同じように、夏期に疲労を感じることは当然であるため、不合理であるとしました。
慰謝料
第二審判決では、損害賠償金が認められたことから、この金額をもって、原告のアルバイト職員の女性の損害は回復できるとして、慰謝料については原告の女性の請求を退けました。
まとめ
大阪医科大学事件に関する報道の多くは、「アルバイトに賞与を支給しないことは違法」という点が特に強調されていました。
しかし、重要なのは、あくまで支給されている「賞与の性質」によって結論は異なるという点です。
例えば、正社員の賞与が、社員の勤続年数や成績によって連動しており、正社員のモチベーション向上のために支払われているのであれば、そこにアルバイト職員との格差があったとしても、直ちに不合理とはなりません。
今後、会社が速やかに行うべき対応としては、基本給、諸手当、賞与などの賃金を、どのような趣旨・目的で支給しているのかを、まずはしっかりと定義付けることです。
そのうえで、もし「賃金の格差を説明できない」というものがあれば、専門家などの意見を踏まえながら、自社の賃金のあり方について見直しを図っていくことが必要です。