労務トラブル

退職者による従業員の「引き抜き行為」「勧誘行為」は適法?違法?

はじめに

会社を退職した従業員が、他社に転職し、あるいは独立・起業した場合に、元の会社の従業員に対して、自分と同じ会社に転職するように勧誘し、または好条件を提示するなどして引き抜きを行う場合があります。

会社としては、従業員を引き抜かれることによって、貴重な人材が流出し、また、それに伴って自社の経営ノウハウや機密情報が同業他社にわたってしまうなどのリスクがあります。

このような引き抜き行為が法律上、違法になるかどうかは、従業員が引き抜き行為を在職中に行ったのか、それとも退職後に行ったのかによって異なり、また、その引き抜き行為がどのような態様のものであったかなどの事情によっても異なります。

「在職中」の勧誘・引き抜き行為

例えば、会社を退職して独立・起業することを予定している従業員が、在職中に、他の従業員を勧誘し、自分の会社に引き抜こうとするような場合があります。

従業員の雇用契約上の「誠実義務」

従業員が会社に在職しているときは、従業員は会社に対して、会社に不利益を生じさせないよう、誠実に労働を提供する義務を負っていると解されており、これを「誠実義務」といいます(労働契約法第3条第4項)。

誠実義務は、合意や契約書などの存在に関わらず、従業員が信義則上、当然に負うべき義務であると解されています。

そこで、在職中の勧誘・引き抜き行為が、この「誠実義務」に違反するかどうかが問題となります。

違法とならない引き抜き行為

在職中の従業員による、他の従業員に対する勧誘・引き抜き行為は、それが単なる転職の勧誘に留まる場合には、違法とはなりません(東京地方裁判所 平成3年2月25日判決(ラクソン事件))。

なぜなら、憲法上の権利として「職業選択の自由」が定められている(憲法第22条)ように、個人(勧誘される側の従業員)の転職の自由は、最大限尊重されなければならないためです。

したがって、単に転職の勧誘をしただけでは、直ちに違法になるものではなりません。

違法となり得る引き抜き行為

一方で、引き抜き行為の態様が、単なる転職の勧誘の域を超えており、社会的相当性を逸脱し、極めて背信的な方法で行われた場合には、雇用契約上の誠実義務に違反し、違法なものとなり得ます。

裁判例では、会社に内密に移籍の計画を立てたうえで、一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く行為が、これに該当すると判断しました(東京地方裁判所 平成3年2月25日判決(ラクソン事件))。

そして、「何をもって社会的相当性を逸脱するのか」については、主に次の内容を考慮して判断すると述べました。

【引き抜き行為の「社会的相当性」の判断要素】

  1. 引き抜かれた従業員の地位
  2. 会社内部における待遇
  3. 引き抜かれた従業員の人数
  4. 引き抜きが会社経営に与える影響の度合い
  5. 勧誘行為、引き抜き行為の違法性

特に、⑤の「勧誘行為、引き抜き行為の違法性」については、「退職時期の予告の有無」、「秘密性」、「計画性」などを考慮するとされています。

裁判例では、たとえ勧誘・引き抜き行為をするとしても、せめて退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行うなど、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであると述べています。

なお、この裁判例では、結果として従業員側が敗訴し、従業員の引き抜き行為と因果関係にある限度(請求額1億円に対して、認められた額は870万円)で損害賠償請求が認められました。

以下、これと類似する裁判例をご紹介します。

【在職中の引き抜き行為に関する参考判例】

フレックスジャパン・アドバンテック事件(大阪地方裁判所 平成14年9月11日判決)では、人材派遣会社の幹部数名が、在職中から競業他社と共謀し、競業他社に転職が決まっていながらそれを隠し、また、従業員に、営業所が閉鎖されると虚偽の情報を吹き込み、金銭を与えるなどして競業他社に勧誘し、結果的に80名を退職させる引き抜きを行った事案です。

これに対して裁判所は、「計画的かつ極めて背信的」、「社会的相当性を著しく逸脱した違法な引き抜き行為」と判断し、会社から元幹部に対する損害賠償請求を認めました。

また、裁判例を踏まえると、例えば、次のような行為については、悪質な引き抜き行為として違法になる可能性があるといえます。

  • 会社のネガティブな情報(悪評など)を過剰に伝えることで、転職を促す場合
  • 転職の対価として、多額の金銭を与えて、転職を促す場合
  • 役職・地位がなければ知り得なかった秘密情報などを利用して、転職を促す場合

ただし、引き抜かれた従業員の事情も考慮すべきでしょう。

もともと、すでに退職を予定しており転職活動をしていた、あるいは会社に対して大きな不満を抱いていたなどの事情があり、単に勧誘がきっかけになり、最終的には自分の意思で自主的に転職した場合などには、違法性が認められる可能性は低くなるでしょう(大阪地方裁判所 平成元年12月5日判決(港ゼミナール事件))。

「退職後」の勧誘・引き抜き行為

原則論

従業員が会社を退職した後においては、雇用契約は存在しないことから、従業員は会社に対して誠実義務を負うことはない、と考えられます。

したがって、退職後の従業員による勧誘・引き抜き行為は、在職中の場合と比べると、違法となる可能性は低くなるといえます。

裁判例においても、従業員は、会社との雇用関係の終了後においては、その一切の法律関係から解放されるのであって、在職中に知り得た知識や人間関係などをその後自らの営業活動のために利用することも、原則として自由である旨を述べています(東京地方裁判所 平成5年8月25日判決(中央総合教育研究所事件))。

違法となり得る引き勧誘・抜き行為

引き抜きを禁止する契約・合意がある場合

退職後の従業員による勧誘・引き抜き行為は、会社との間で、当該行為を禁止する契約があるなど、当事者間の合意が別に存在する場合には、その合意内容に基づいた義務を負います

例えば、退職時に、退職後の引き抜き行為を禁止するための契約書を締結しており、契約に違反した場合には、会社に生じた損害を賠償するといった義務が設けられていた場合です。

ただし、退職後の引き抜きを禁止する契約書があり、その違反に対して退職金を減額する旨の規定などがあったとしても、在職中や退職時の退職金などの処遇が不十分である場合や、取引先からの受注が退職者の強い個人的信頼関係に基づく場合などには、退職者の地位や退職時の他の従業員への退職の勧誘などの程度に応じて、それらの規定の適用が制限される場合があります(大阪地方裁判所 平成8年12月25日判決(日本コンベンションサービス事件))。

したがって、契約書が存在しているからといって、直ちに適法となるか違法となるかが決まることはなく、契約内容に合理性がない場合には、契約自体が無効と判断される場合があることに留意する必要があります(浦和地方裁判所 平成9年1月27日判決(東京貨物社事件))。

勧誘・引き抜き行為の態様が悪質である場合

また、勧誘・引き抜き行為が悪質なものであると認められる場合にも、違法となる場合があります。

裁判例では、会社に損害を与える目的で、従業員が一斉に退職したことによって、会社の組織的活動が機能できなくなるようにしたなどの場合を例示しています(東京地方裁判所 平成6年11月25日判決(フリーラン事件))。

勧誘・引き抜き行為が不正競争防止法に違反する場合

退職した元従業員による勧誘・引き抜き行為自体に「不正な目的」がある場合には、「不正競争防止法」の適用対象となる場合があり、会社はそのような行為に対して不正競争防止法に基づいて、損害賠償を請求することが認められる場合があります。

不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争を図ることを目的に、「不正の競業その他の不正の利益を得る目的」で行う営業秘密の開示や漏洩行為に対して、「10年以下の懲役または2,000万円以下の罰金」という厳しい刑事罰を定めています(不正競争防止法第21条)。

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