2020年6月1日に「労働施策総合推進法」が改正され、会社はパワーハラスメントの防止に向けた措置を講じることが義務付けられます。
これを受けて、2019年10月に、厚生労働省より「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」(以下、「指針」といいます)が公表されました。
執筆日現在では素案の位置づけですが、今後、パブリックコメントなどを受けて、最終的に指針が確定します。
指針では、どのような行為がパワーハラスメントに該当するのかを具体的に例示するとともに、そのような行為が起きないように、会社が取り組むべき防止措置の内容を定めています。
今回は、指針のうち、会社がパワーハラスメントの防止に向けて取り組むべき事項について、具体例を交えながら詳細に解説します。
なお、法律の改正に関する基本的な内容については、以下の記事をご覧ください。
Contents
厚生労働省「パワハラ指針」への企業対応
指針の内容を大まかにまとめると、会社がパワーハラスメントを防止するために取り組むべき事項は、次のとおりです。
【重要】「パワハラ指針」への企業対応
- 会社の方針等の明確化およびその周知
- パワーハラスメントの加害者に対する処分の規定化(懲戒規定)
- 相談窓口の設置および体制の整備
- パワーハラスメントへの迅速な事後対応
- パワーハラスメントの被害者の不利益な取り扱いの禁止
以下、順に詳しく解説します。
会社の方針等の明確化およびその周知
指針では、会社は、「その職場において、パワーハラスメントを行ってはならないことについて、その方針を明確にしなければならない」旨が定められています。
さらに、会社は、その明確にした方針を、その従業員に対して「周知・啓発」しなければなりません。
方針を定めることにより、組織全体で「パワーハラスメントを許さない」という環境や社風を醸成することが求められています。
会社の方針(トップメッセージ)の具体例
厚生労働省「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」(以下、「マニュアル」といいます)によると、トップのメッセージの中に織り込むべき要素として、以下の例を挙げています。
【トップのメッセージの中に織り込むべき要素の例】
a.パワーハラスメントは重要な問題である
b.パワーハラスメント行為は許さない/見過ごさない
c.パワーハラスメント行為をしない/させない/放置しない
d.会社として、パワーハラスメント対策に取り組む
さらに、上記の要素を織り込んで文章にした場合の、トップのメッセージの参考例をご紹介します(マニュアルp.18より引用)。
【トップのメッセージの参考例】
・ハラスメント行為は人権にかかわる問題であり、従業員の尊厳を傷つけ職場環境の悪化を招く、ゆゆしき問題です。[要素a.]
・当社は、ハラスメント行為を断じて許さず、すべての従業員が互いに尊重し合える、安全で快適な職場環境づくりに取り組んでいきます。[要素b.]
・このため、管理職を始めとする全従業員は、研修などにより、ハラスメントに関する知識や対応能力を向上させ、そのような行為を発生させない、許さない企業風土づくりを心掛けてください。[要素c.]
会社の方針の明確化およびその周知の方法
会社の方針をどのように明確にするか、および、それをどのように周知するのかについては、特に決められていません。
したがって、会社の判断によることになりますが、指針では、例えば次のような方法を具体例として挙げています。
【会社の方針の明確化およびその周知の方法】
- 就業規則など、職場における服務規律を定めた書面に方針を記載し、従業員に周知する。
- 社内報、パンフレット、社内ホームページなどに方針を記載し、従業員に配布するなどして周知する。
- 方針について、従業員に対する研修や講習を実施して周知する。
パワーハラスメントの加害者に対する処分の規定化(懲戒規定)
指針においては、会社は、「その職場においてパワーハラスメントに該当する言動を行った従業員に対して、厳正に対処する旨の方針と対処の内容を、就業規則などに規定すること」と定められています。
したがって、就業規則の規定として、パワーハラスメントの行為を禁止するとともに、当該行為を行った従業員に対する懲戒処分の内容を、具体的に定めておくことが必要です。
就業規則の規定例
(職場のパワーハラスメントの禁止)
第〇条 従業員は、その職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係に基づいて、業務の適正な範囲を超える言動により、他の従業員に精神的、身体的な苦痛を与え、就業環境を害するようなことをしてはならない。
就業規則において、パワーハラスメント行為に対する懲戒処分を定める例
(懲戒の事由)
第〇条 従業員が、第〇条(職場のパワーハラスメントの禁止)の規定に違反したときは、情状に応じ、けん責、減給または出勤停止とする。
2 前項の場合において、その情状が特に悪質と認められるときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他の情状によっては、第〇条に定める普通解雇、または、第〇条に定める減給もしくは出勤停止とすることがある。
相談窓口の設置および体制の整備
指針では、会社は、従業員からの相談や苦情に対応するために、相談窓口を設置し、その相談窓口による適切な対応ができるように体制を整備することが求められています。
相談窓口の例
指針では、どのような相談窓口を設置するべきかまでは定められていません。
したがって、どのような部署の、どの担当者が相談窓口となるかなど、具体的な内容については、会社の判断に委ねられています。
ただし、人事権を持つ従業員(人事部長など)が窓口になるのは相応しくないでしょう。
また、新入社員など適切かつ柔軟な対応が望めない従業員も相応しくないと考えます。
そうなると、社内の人間関係などをある程度理解し、関係部署と連絡しながら適切な対応をすることが期待できる、主任やマネージャーなどが窓口になるのが妥当といえるのではないでしょうか。
相談窓口には、内部(社内)相談窓口と外部(社外)相談窓口があります。
それぞれに一長一短がありますので、従業員がその状況に応じて選択できるよう、社内と社外にそれぞれ一つ以上窓口を設けておくのが理想といえます。
【内部相談窓口の設置例】
- 管理職や従業員をパワーハラスメント相談員として選任
- 人事労務担当部門・総務部門
- コンプライアンス担当部門・法務部門
- 産業医、カウンセラー
- 労働組合
【外部相談窓口の設置例】
- 弁護士事務所
- 社会保険労務士事務所
- ハラスメント対策のコンサルティング会社
- 相談窓口の代行会社
勤務時間外においても相談できるという意味で、社外の相談窓口を利用するという選択肢もあります。
相談方法
相談方法は、面談に限定せず、電話、書面、電子メールなど、できるだけ間口を広げておくとよいでしょう。
いずれの場合も、相談者が匿名で相談できるように配慮することが必要です。
相談窓口に関する規定例
指針においては、相談窓口について就業規則などの規定を設けることまでは求められていませんが、しっかりと体制を整え、従業員に周知するためにも、やはり何らかの書面に定めておくことが望ましいと考えます。
以下、就業規則などに相談窓口について定める場合の規定例をご紹介します。
【相談窓口に関する規定例】
(相談および苦情への対応)
第〇条 パワーハラスメントに関する相談および苦情の相談窓口は、本社および各事業場で設けることとし、その責任者は人事部長とする。人事部長は、窓口担当者の氏名を人事異動など変更の都度、周知するとともに、担当者に対する対応マニュアルの作成および対応に必要な研修を行うものとする。
2 パワーハラスメントの被害者に限らず、すべての従業員は、パワーハラスメントに関する相談および苦情を窓口担当者に申し出ることができる。
3 相談窓口の担当者は、前項の申し出を受けたときは、対応マニュアルに沿い、相談者からの事実確認をした後、本社においては人事部長へ、各事業場においては所属長へ報告する。人事部長または所属長は、当該報告に基づき、相談者のプライバシーに十分に配慮した上で、必要に応じて、行為者、被害者、およびそれらの上司ならびに他の従業員等に事実関係を聴取する。
4 前項の聴取を求められた従業員は、正当な理由なくこれを拒むことはできない。
5 所属長は、対応マニュアルに基づき人事部長に事実関係を報告し、人事部長は、問題解決のための措置として、就業規則に基づく懲戒処分のほか、行為者の異動など被害者の労働条件および就業環境を改善するために必要な措置を講じる。
相談窓口の体制の整備
相談窓口にかかる体制の整備のひとつとして、窓口の担当者の対応についてマニュアルを作成しておくことも有効です。
その際、厚生労働省が公表している次のようなツールを利用してはいかがでしょうか。
- 相談窓口(一次対応)担当者のためのチェックリスト(参考資料10)
- 相談記録票(参考資料11)
パワーハラスメントへの迅速な事後対応
指針では、従業員からパワーハラスメントに関する相談があった場合には、会社は次のとおり対応することが必要であることが定められています。
- パワーハラスメントにかかる事実関係を迅速かつ正確に確認すること
- 被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
- 加害者に対する措置を適正に行うこと
- 再発防止に向けた措置を講じること
上記のうち、「被害者に対する配慮」として、指針では、次のような措置を挙げています。
- 被害者と加害者の間の関係の改善に向けた援助
- 被害者と加害者を引き離すための配置転換
- 加害者の謝罪
- 被害者の不利益の回復
- 被害者のメンタルヘルス不調への相談対応
パワーハラスメントの被害者の不利益な取り扱いの禁止
指針では、下記の法律の内容を踏まえ、パワーハラスメントの被害者が、その相談をしたことなどを理由として、解雇などの不利益な取り扱いを受けないよう、就業規則などに定め、周知することを求めています。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったことまたは事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
法律と指針の内容を踏まえ、就業規則の規定例をご紹介します。
(不利益な取り扱いの禁止)
第〇条 従業員によるパワーハラスメントに関する相談および苦情への対応に当たっては、会社は、関係者のプライバシーの保護について十分に留意するとともに、相談をしたこと、または事実関係の確認に協力したこと等を理由として、従業員に対して解雇その他の不利益な取り扱いを行ってはならない。
まとめ
指針は、それ自体に法的な拘束力はありませんが、会社が指針の内容に取り組まないということは、その会社においてパワーハラスメントに関するリスクが高まることとなります。
パワーハラスメントは、被害者のみならず、その周囲にも悪影響をもたらし、従業員の職場環境を著しく悪化させ、人材の流出や定着率にも大きな影響を及ぼします。
法律として、その防止措置が会社の義務になることを受けて、パワーハラスメントに対する世間の風当たりはさらに強まっており、もはや会社が何も対策を講じないことは許されない状況にあります。
会社においては、法律の改正や指針の内容を正しく理解し、パワーハラスメントの防止に向けた適切な対応が求められます。