「傷病手当金」は、従業員が病気やケガによって会社を休んだことにより、会社から給与が支払われなかった日について、健康保険から生活保障を受けることができる制度をいいます。
この記事では、特に傷病手当金の「支給額」について着目し、その計算方法について解説するとともに、他に社会保険などから給付が行われる場合の支給調整について解説します。
傷病手当金の支給要件など、基本的な内容は割愛しますので、基本的な内容については、以下の記事をご覧ください。
Contents
傷病手当金の支給額の計算方法・計算フロー
傷病手当金は、従業員が会社を休んだ日について、1日単位で支給されます。
したがって、傷病手当金は、1日あたりの金額の計算方法を定めており、その計算式は、次のとおりです。
【傷病手当金の支給額(1日あたり)】
支給開始日以前12ヵ月間の各標準報酬月額を平均した額÷30×2/3
上記の計算式をもとに、傷病手当金の支給額を計算する際の流れは次のようになります。
【傷病手当金の支給額の計算フロー】
- 傷病手当金の「支給開始日」を把握する
- 支給開始日以前の12ヵ月間の各月の「標準報酬月額」を合計する
- ②を12で割り、「標準報酬月額の平均額」を算出する
- ③を30で割り、「標準報酬日額」を算出する(10円未満を四捨五入)
- ④に3分の2を乗じる(1円未満を四捨五入)
以下、計算フローの順に説明します。
「支給開始日」とは?(計算フロー①)
傷病手当金の支給額の計算に当たっては、まずは支給開始日を把握することが必要になります。
「支給開始日」とは、最初に傷病手当金が支給される日であり、支給期間である1年6ヵ月の起算日となる日をいいます。
傷病手当金を受給するためには、3日間の待期期間を経る必要があるため、傷病手当金の支給開始日は、最短でも、病気・ケガによる休業を始めてから4日目以降となります。
「標準報酬月額」とは?(計算フロー②)
傷病手当金は、従業員の実際の給与を用いて計算するのではなく、「標準報酬」を用いて計算する点に特徴があります。
「標準報酬」とは、健康保険料を計算する際に用いられる金額をいいます。
標準報酬は、基本的には月額で把握され、これを「標準報酬月額」といいます。
傷病手当金の支給額を計算するためには、まずはその従業員の「標準報酬月額が何等級に該当するのか」を確認する必要があります。
「標準報酬月額」は、健康保険料を算定するために、報酬を段階(等級)ごとに区分した、いわば「計算上の仮の報酬」です。
標準報酬月額は、全50等級あり、従業員の給与額に応じて、どの等級に該当するかが決まります。
例えば、20等級の標準報酬月額は「260,000円」と定められており、これは従業員の給与額が「250,000円から270,000円」の範囲内である場合に該当します。
そして、健康保険料は、260,000円に料率を乗じて算定されることとなるため、給与額が250,000円の従業員も、270,000円の従業員も、支払う健康保険料は同額になります。
標準報酬月額は、給与明細を確認するか、もしくは会社の給与担当者に照会することによって把握することができます。
傷病手当金の支給中に報酬の変更があった場合
傷病手当金の受給中に昇給(降給)するなどして、後から報酬額に変更が生じた場合、どのように取り扱うのでしょうか。
前述のとおり、傷病手当金の支給額は「支給開始日」を基準に算定します。
したがって、傷病手当金の支給額は「支給開始日」の金額で固定されることから、支給期間の途中で従業員の給与が増額(減額)したことによって、その後の標準報酬月額に変更があったとしても、傷病手当金の支給額が変更されることはありません(昭和26年6月4日保文発1821号)。
賞与(ボーナス)の取り扱い
賞与についても健康保険料の徴収対象となりますが、賞与は「標準賞与額」という、標準報酬月額とは別の仕組みによって把握され、保険料を納めます。
したがって、賞与は傷病手当金の計算には含まれません(よって、傷病手当金の支給額にも反映されません)。
標準報酬日額とは?(計算フロー④)
12ヵ月間の平均標準報酬月額を求め、その額を30で割ることによって、「標準報酬日額」を算定します。
標準報酬日額は、おおむね1日あたりの給与額、というイメージに近いものになります。
傷病手当金の支給額(計算フロー⑤)
傷病手当金の支給額は、標準報酬日額の3分の2と定められています。
したがって、標準報酬日額に3分の2を乗じた額が、1日あたりの傷病手当金の支給額ということになります。
計算の際の端数処理
傷病手当金の支給額を計算する際に生じた端数については、次のとおり処理します(健康保険法第99条第2項)。
【傷病手当金の端数処理】
- 標準報酬月額平均額を「30」で割った時点で、10円未満四捨五入(1の位を四捨五入)
- 「2/3」を乗じた額に小数点がある場合、1円未満四捨五入(小数点第1位を四捨五入)
傷病手当金の計算の具体例
【例】
- 病気による休業開始日…2021年4月1日
- 待期期間…2021年4月1日~同年4月3日
- 傷病手当金の支給開始日…2021年4月4日
- 傷病手当金の支給期間…2021年4月4日~同月13日(10日間)
- 標準報酬月額…①2021年4月→320,000円(23等級)②2020年10月~2021年3月→300,000円(22等級)、2020年4月~同年9月→280,000円(21等級)
・標準報酬月額の平均値
(320,000円×1ヵ月+300,000×6ヵ月+280,000円×5ヵ月)÷12ヵ月=293,333.333…円
・標準報酬日額
293,333.333…円÷30≒9,780円
・傷病手当金の支給額(1日あたり)
9,780円×3分の2=6,520円
・傷病手当金の支給額の合計
6,520円×10日=65,200円
直近の加入期間が12ヵ月未満(1年未満)の場合
支給開始日以前の加入期間が12ヵ月に満たない場合の支給額は、次のうち、いずれか低い額によって算定します(健康保険法第99条第2項)。
【直近の加入期間が12ヵ月未満の場合】
- 支給開始日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額の平均値
- 標準報酬月額の平均値
②は、協会けんぽに加入している被保険者の平均値で算定する方法です。
平均値は、支給する年度の前年度の9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額とされています。
平均額は、教会けんぽのホームページなどから確認することができます。
なお、令和2(2020)年9月30日時点における全ての協会けんぽの被保険者の標準報酬月額の平均額は290,274円です(この額は、標準報酬月額の第22級・30万円に該当します)。
社会保険料・税金(所得税・住民税)の納付義務
社会保険料の納付義務
従業員が休業し、傷病手当金を受給している間であっても、会社と従業員は、社会保険料を納める義務があります。
したがって、従業員は、休業中に傷病手当金を受給している間においても、健康保険料および厚生年金保険料などを納めなければなりません。
また、その際の保険料は、原則として休業前と同額になります(つまり、休業中でも標準報酬月額は変更されません)。
なお、従業員本人が負担すべき保険料を、代わりに会社が負担した場合、賃金の支給とみなされ、傷病手当金が調整されることに留意する必要があります。
所得税・住民税の支払義務
傷病手当金は税法上、「非課税」として取り扱われます。
したがって、従業員が休業中に傷病手当金以外の収入を得ていない場合には、その従業員の税法上の所得は0円になることから、所得税や住民税を納める義務はありません。
ただし、住民税については、前年度の所得に対する税金を、翌年度に収める構造になっていることから、休業してしばらくは、前年度の所得に基づく住民税を納める場合があります。
傷病手当金の支給調整
休業中の従業員が、傷病手当金の他に社会保険から給付を受けている場合、その給付との二重取りを避けるために、支給額が調整される場合があります。
傷病手当金の支給額が調整される例として、次の場合があります。
【傷病手当金の支給調整】
- 会社からの給与・見舞金
- 出産手当金(健康保険)
- 障害厚生年金(厚生年金保険)
- 退職後の老齢年金(国民年金・厚生年金保険)
- 休業補償給付(労災保険)
給与や見舞金との調整
従業員が休業中に会社から給与が支給されている間は、原則として、傷病手当金は支給されません(健康保険法第108条第1項)。
傷病手当金の制度目的は、あくまでも病気やケガによって給与が支給されなくなった場合の生活保障を行うためにあるためです。
ただし、会社から給与が支払われている場合であっても、傷病手当金の額よりも給与の額が少ない場合には、その差額が傷病手当金として支給されます。
出産手当金(健康保険)
傷病手当金と同時に、健康保険から出産手当金が支給される場合は、出産手当金の支給が優先される結果、その期間は傷病手当金が支給されません。
「出産手当金」は、従業員が出産のために休業した期間について、会社から給与の支払いがない場合に支給されます。
出産手当金は、基本的に傷病手当金と同様の計算方法によって算定します。
ただし、出産手当金の額が傷病手当金の額よりも少ないときはその差額が支給されます(健康保険法第108条第2項)。
障害厚生年金(厚生年金保険)
傷病手当金を受けることができる者が、同じ病気・ケガで厚生年金保険法に定められる障害厚生年金または障害手当金を受けることができるときは、傷病手当金は支給されません(健康保険法第108条第3項)。
ただし、障害厚生年金の額が傷病手当金の額を下回る場合には、その差額が傷病手当金として支給されます。
このとき、障害厚生年金の額(同じ病気・ケガで国民年金法の定める障害基礎年金の支給を受けることができるときは、障害厚生年金の額と障害基礎年金の額との合算額)を360で割った額(1円未満の端数は切り捨てる)が傷病手当金の額を下回るときは、その差額が支給されます(健康保険法施行規則第89条第1項)。
退職後の老齢年金(国民年金・厚生年金保険)
傷病手当金は、一定の要件を満たせば、退職後であっても支給される場合があります。
退職後に継続して傷病手当金の支給を受けている者で、国民年金や厚生年金保険から老齢年金を受給している場合は、 傷病手当金は支給されません(健康保険法第108条第5項)。
ただし、老齢年金の額の360分の1が、傷病手当金の日額より少ない場合は、その差額が支給されます。
休業補償給付(労災保険)
業務上の病気・ケガ(業務災害)によって、労災保険から休業補償給付を受けているときに、業務災害以外の病気・ケガで仕事に就けなくなった場合であっても、傷病手当金は支給されません。
ただし、休業補償給付の日額が、傷病手当金の日額より低いときは、その差額が支給されます。