2019年1月4日から、社会保険の手続において、報酬・賞与の区分を明確化した運用が始まっています。
しかし、厚生労働省の資料などを見ても、きちんと内容を理解できる方は意外と少ないのではないでしょうか。
社会保険の手続は、どんどん複雑になり、基礎をしっかりと理解しておかないと、今回のような改正にも対応できません。
そこで、この記事では、まずは基礎的な知識を確認しながら、報酬・賞与区分の明確化について解説します。
- 社会保険手続における「通常の報酬」、「賞与に係る報酬」、「賞与」の3つの区分について、あらためて理解することができます。
- 2019年1月4日から適用された「報酬・賞与区分の明確化」について、理解することができます。
「報酬・賞与区分の明確化」とは?
わかりやすくいうと、「報酬・賞与区分の明確化」とは、会社が従業員に支給している賃金(給料・手当など)について、社会保険の手続(健康保険・厚生年金保険)において、「通常の報酬」、「賞与に係る報酬」、「賞与」の3つのうちいずれに該当するのかを判断するための基準を今よりも明確にしよう、とするものです。
この運用は、厚生労働省による通達(平成30(2018)年7月30日保保発0730第1号・年管管発0730第1号)に基づき、2019年1月4日から適用されます。
そして、その内容を簡単にまとめると、以下のとおりです。
- 会社が支給している「手当」については、社内規定や賃金台帳の記載をもとに、「性質が同じものごと」に分けて判断をすること
- 手当を新設した場合で、まだ支給実績のないときには、その翌年の7月1日までの間は、支給回数に関わらず、ひとまず「賞与」として取り扱うこと
上記の内容を読んだだけで内容を理解することができた方は、おそらく実務にかなり精通されている方でしょう(私は、最初さっぱり分かりませんでした…)。
ですので、まったく理解できなかった、という方もご安心ください。
まずは、「報酬」、「賞与に係る報酬」、「賞与」の3つの区分の違いをしっかりと理解したうえでないと、今回の内容を理解することはできません。
そこで、この記事では、本題に入る前に、まずは基礎的な知識を確認していきます。
社会保険手続における「報酬」と「賞与」の違い
「報酬」と「賞与」は、どちらも会社が従業員に対して支給している賃金であることに変わりはありません。
しかし、社会保険の手続(健康保険・厚生年金保険)において、「報酬」と「賞与」はその取扱いが大きく異なります。
では、なぜ、社会保険の手続は、わざわざ2つに分かれているのでしょうか?
これから、この2つの区分がどのように違うのかを解説します。
かつての社会保険料の仕組み
一昔前までは、社会保険料の対象は、「報酬(≒月給)」のみとされていました。
ところが、2003年4月に法律が改正され、「賞与」にも社会保険料がかかるようになりました。
つまり、「月給でもボーナスでも、収入には変わりがないのだから、等しく社会保険料を負担するべき」という考え方に変わりました。このような制度を「総報酬制」といいます。
つまり、月給を少なくして、賞与を多くすれば、その分、会社の負担する社会保険料を減らすことができたのです。
また、従業員からすると、年収額にかかわらず、月給額のみで社会保険料が決まってしまうことにより、不公平感が生じる(年収は同じなのに、月給が高い会社に勤めている方が社会保険料が高くなる)仕組みであったといえます。
法律上の「報酬」と「賞与」の違い
法律上(健康保険法、厚生年金保険法)、報酬と賞与の違いは、どのような名目で支給されているのかに関係なく、「3ヵ月を超えて支払われているかどうか」という違いのみにあります。
3ヵ月を「超える」期間で支払われる、ということは、年間でみると「年に3回以下」支払われることを意味します(年に4回支払われると、3ヵ月ちょうどになるため)。
したがって、たとえ「賞与」という名目で支払ったとしても、年4回以上支払った場合には「報酬」として手続を行うことになります。
- 「報酬」…年に4回以上、支払われているもの
- 「賞与」…年に3回以下、支払われているもの
社会保険手続上の「報酬」と「賞与」の違い
社会保険料は、前述のとおり「報酬」と「賞与」のそれぞれについて、同じ料率がかかるものですが、手続においては、まったく別の手続が行われます。
まず、「報酬」に該当する場合には、主に「定時決定」という手続が必要になります。
定時決定では、原則として、4月・5月・6月に支払われた報酬の額をもとに「算定基礎届」を提出し、これによって「標準報酬月額」が決定され、その金額に社会保険料率をかけて社会保険料が決定される仕組みになっています。
また、「賞与」に該当する場合には、「賞与支払届」を提出する必要があり、これによって「標準賞与額」が決定され、その金額に社会保険料率をかけて社会保険料が決定される仕組みになっています。
これまでの内容をまとめると、以下の図のようになります。
「賞与に係る報酬」とは?「報酬」や「賞与」との違いは?
「賞与に係る報酬」が追加された背景
平成27(2015)年10月1日に通達が出され、それまであった「報酬」、「賞与」に加えて、「賞与に係る報酬」という区分が新たに設けられることとなりました。
その背景として、制度を逆手にとり、保険料を安くすませるテクニックが横行したことがあります。
そのテクニックとは、例えば、年2回各30万円ずつ支払っていた賞与を、手当などの名目で12回に分割したうえで、年2回は295,000円(1月・7月)、他の10ヵ月については各1,000円ずつ支払うというものです。
これにより、賞与(年3回以下)の要件を満たさなくなるため、賞与について社会保険料を支払う必要がなくなります。
また、報酬についても、4月・5月・6月の定時決定のタイミングを外して支給することにより(上記の例では1月と7月に支給)、標準報酬月額への影響はほとんどありません。
社会保険手続上の「通常の報酬」「賞与」「賞与に係る報酬」の違い
「賞与に係る報酬」は、「健康保険法及び厚生年金保険法における賞与に係る報酬の取扱いについて」(昭和53(1978)年保発第47号・庁保発第21号)において、次のように、「通常の報酬」の補足説明が追加される形で定められています。
1 報酬の範囲
(1)毎年7月1日現在における賃金、給料、俸給、手当又は賞与及びこれに準ずべきもので毎月支給されるもの(以下「通常の報酬」という。)以外のもの(以下「賞与」という。)の支給実態がつぎのいずれかに該当する場合は、当該賞与は報酬に該当すること。
ア.賞与の支給が、給与規定、賃金協約等の諸規定(以下「諸規定」という。)によって年間を通じ4回以上の支給につき客観的に定められているとき。
さらに、平成27(2015)年の通達により、以下のとおり定められました。
ここでいう「通常の報酬」には、1ヵ月を超える期間にわたる事由によって算定される賃金等が分割して支給されることとなる場合その他これに準ずる場合は含まれないこと。
(平成27(2015)年保保発0918第5号、年管管発0918第2号)
この通達により、賞与を年4回以上に分割して支払ったとしても、「賞与に係る報酬」として、報酬と同様に取り扱われることになり、社会保険料を支払う必要があります。
「賞与にかかる報酬」の手続
「賞与にかかる報酬」は、「報酬」と同様に、定時決定において「算定基礎届」を提出する必要があります。
ただし、「賞与に係る報酬」は、毎月定額で支払われるものではないため、定時決定において4月・5月・6月の報酬にどのように上乗せして算定するのかが問題になります。
これについては、通達により、以下のように算定することとされています。
「賞与にかかる報酬」は、7月1日前の1年間に受けた賞与の額を、12ヵ月で割った金額を、通常の報酬に上乗せする。
「報酬」、「賞与」、「賞与に係る報酬」の関係をまとめると、以下の図のようになります。
報酬・賞与区分の明確化の具体的な内容について
それでは、いよいよ本題に入ります。
厚生労働省による平成30(2018)年7月30日保保発0730第1号・年管管発0730第1号(以下、「本通知」といいます)において、報酬と賞与の区分が明確化されることとなりました。
この運用は、2019年1月4日から適用されています。
ところで、本通知では、今回の改正をあえて「明確化」と表現しています。
その理由は、今回の改正がこれまでの運用を変更するものではなく、これまでの実務で取扱いが明確にされてこなかった点(運用がバラバラだった点や曖昧であった点)について、その取扱いを明確にして、今後の運用の統一を図ることを目的にしているためです。
本通知により、次のとおり新たな運用の解釈が付け加えられました。
【新解釈1】
「通常の報酬」、「賞与に係る報酬」及び「賞与」は、名称の如何にかかわらず、二以上の異なる性質を有するものであることが諸規定又は賃金台帳等から明らかな場合には、同一の性質を有すると認められるもの毎に判別するものであること。
【新解釈2】
「賞与」について、7月2日以降新たにその支給が諸規定に定められた場合には、年間を通じ4回以上の支給につき客観的に定められているときであっても、次期標準報酬月額の定時決定(7月、8月又は9月の随時改定を含む。)による標準報酬月額が適用されるまでの間は、賞与に係る報酬に該当しないものとすること。
以下、順に解説します。
新解釈1について
これは、複数の支給基準によるインセンティブを支給している場合などを想定したものです。
例えば、「売上達成手当」といった、売上高や営業成績に応じて、手当を数ヵ月ごと、年度ごとなど複数の期間ごとに支給している場合に、その手当が「通常の報酬」、「賞与」、「賞与に係る報酬」のいずれに該当するのかがはっきりしないことがあります。
例として、ある会社で、次のような手当を支給しているとします。
【固定給】…毎月、20万円を定額で支給している
【手当A】…業績に応じて支給する
(手当Aの内訳)
・手当A-1…毎月、1万円を定額で支給している
・手当A-2…半年ごとに、10万円を支給している
この例のような場合に、手当A-1とA-2について、それぞれ、「通常の報酬」、「賞与」、「賞与に係る報酬」のいずれに該当するのかを、本通知により明らかにしています。
給与規定または賃金台帳において、「手当A-1」と「手当A-2」を区分して記載している場合
この場合、「手当A-1」を「通常の報酬」、「手当A-2」を「賞与」として取り扱います。
給与規定または賃金台帳において、「手当A-1」と「手当A-2」を区分して記載していない場合
この場合、「手当A」全体を「賞与に係る報酬」として取り扱います。
つまり、本通知では、賃金規定や賃金台帳への記載の有無によって、インセンティブ手当などの取り扱いが変わることを明らかにしています。
したがって、まずは、賃金規定や賃金台帳の見直しをすることが重要になります。
「年間を通じ4回以上の支給につき客観的に定められている」の意味
前掲の通達では、「賞与に係る報酬」に該当するための基準として、年間を通じ4回以上の支給につき「客観的に」定められていることが必要であると定められていました。
しかし、実務では、インセンティブの支給について、規定では年4回以上の支給があり得ることが記載されているものの、その内容が「一定の成績上位者に支給する」や「支給することができる」というように、支給対象者が限られる、あるいは、支給しないことが想定される定めをしているケースがあり、このような場合にも「客観的に定められている」といえるのかどうか、疑問が生じます。
これについて、厚生労働省のQ&Aによると、以下のとおり回答されています。
「客観的に定められているとき」とは、諸手当等の支給の可能性が諸規定に定められているだけでなく、基本的に諸手当等が支給されることが想定される場合をいう。
このため、諸規定に「支給することができる」あるいは「勤務成績の上位の者のみに支給する」といった事由が定められるなど、必ずしも支給されることが想定されない場合には、「新解釈2」の場合と同様に、新たに諸手当等の支給が諸規定に定められた際には「賞与」と扱い、次期標準報酬月額の定時決定の際には支給実績を元に、「賞与に係る報酬」又は「賞与」を判断すること。
したがって、「一定の成績上位者」など、支給条件などにより支給されないことがあり得る場合は、「年間4回以上の支給が客観的に定められている」とは取り扱わないこととされています。
なお、この場合の取り扱いは、「解釈2」に基づき行うこととされています。
新解釈2について
この解釈では、定時決定(7月1日に行う)の後、7月2日以降に新たにその支給が社内規定に定められた場合(規定を新設した場合)の取り扱いを定めています。
このとき、厳密に考えると、年に3回以下であれば「賞与」、年に4回以上であれば「賞与に係る報酬」と判断することになりますが、そのようには取扱わないということを明確にしました。
例えば、年間を通じて4回以上の支給につき客観的に定められているとき(通常であれば、「賞与に係る報酬」と捉えられる場合)であっても、次の定時決定による標準報酬月額が適用されるまでの間は、「賞与に係る報酬」に該当せず、「賞与」として取り扱うものとすること。
つまり、規定を新設した場合に、当面(次の定時決定まで)は、年間の支給回数に関係なく、「賞与」として取扱い、支給の都度「賞与支払届」を提出することとなります。
まとめ
社会保険の手続において、報酬などの区分は社会保険料に直結するため、正確に手続を行うことが非常に重要になります。
この区分を誤ることにより、従業員があらぬ社会保険料の負担を強いられることになります。
こうして制度をまとめると、制度自体がとても分かりにくく、社会保険の実務担当者の方においては気苦労も絶えないことと思います。
この記事が、そんな実務担当者の方の負担を少しでも軽減するための一助となれば幸いです。