傷病手当金は、従業員(被保険者)が会社を通じて加入している健康保険から支給されるため、従業員が会社を退職することによって被保険者の資格を失うと、原則として受給することができなくなります。
ただし、傷病手当金を受給している途中に退職した場合や、病気・ケガによってそのまま(休職することなく)退職した場合における生活保障をするために、一定の要件を満たすことにより、退職後(被保険者資格を失った後)も傷病手当金を受給することができる場合があります。
なお、傷病手当金の支給要件など基本的な内容については、以下の記事をご覧ください。
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退職後の傷病手当金の受給要件
退職後に傷病手当金を受給するための要件は、次のとおりです(健康保険法第104条)。
【退職後の傷病手当金の要件】
- 被保険者の資格を喪失した日の前日まで、引き続き1年以上被保険者であったこと
- 被保険者の資格を喪失した際に、傷病手当金を受給している、または受給できる状態にあること
簡単にいうと、退職日まで引き続き1年以上被保険者であった従業員が、退職日に傷病手当金を受給しているか、または受給できる状態(傷病手当金の支給要件を満たしている状態)であれば、退職後も引き続いて傷病手当金を受給することができます。
被保険者期間の要件(要件①)
「被保険者の資格を喪失した日の前日」とは、退職日をいいます。
健康保険において被保険者の資格を失うのは、原則として、「退職日の翌日」となります。
例えば、3月31日付で退職した場合、資格を失うのは翌日の4月1日となります。
つまり、退職後に傷病手当金を受給するためには、退職日当日までに被保険者期間が1年以上あることが必要となります。
さらに、この1年という期間は、「引き続き」であることが必要です。
途中に1日でも空白期間(被保険者ではない期間)があれば、被保険者期間は通算されません。
なお、途中で転職した場合で、勤務先に変更があった場合でも、原則として、被保険者期間は通算されます。
ただし、協会けんぽの被保険者期間と、国民健康保険の被保険者期間は通算されないなど、一部例外はあります。
退職日における要件(要件②)
退職後に傷病手当金を受給するためには、退職日において、実際に傷病手当金を受給しているか、または、受給できる状態にあることが必要です。
ポイントは、退職日まで一度も傷病手当金を受給したことがなくても、「受給できる状態にある」ということをもって、退職後に傷病手当金を受給することが認められる点です。
「傷病手当金を受給することができる状態」とは、傷病手当金の要件を満たしているものの、何らかの理由によって支給がストップしている状態をいいます。
例えば、従業員が休職中に会社から給与をもらっているために傷病手当金の支給が一時的にストップしている場合や、退職日において出産手当金を受給しているため傷病手当金の支給が一時的にストップしている場合などが該当します(昭和27年6月12日保文発3367号)。
参考に、健康保険法の条文を掲載します。
(傷病手当金又は出産手当金の継続給付)
被保険者の資格を喪失した日(任意継続被保険者の資格を喪失した者にあっては、その資格を取得した日)の前日まで引き続き1年以上被保険者(任意継続被保険者又は共済組合の組合員である被保険者を除く。)であった者(略)であって、その資格を喪失した際に傷病手当金又は出産手当金の支給を受けているものは、被保険者として受けることができるはずであった期間、継続して同一の保険者からその給付を受けることができる。
退職後に傷病手当金を受給するための留意点
退職後に傷病手当金を受給するためには、特に次の点に留意する必要があります。
退職日までに、労務不能の状態が連続4日以上であること
退職日までに、療養のため労務不能の状態が4日以上連続していないと、傷病手当金を受給することができず、また受給できる状態にもない(要件を満たしていない)ため、退職後に傷病手当金を受給することはできません(昭和32年1月31日保発2号の2)。
傷病手当金は、連続3日の労務不能期間を経過した日(第4日目)以降、はじめて受給が可能となります。
したがって、退職後も傷病手当金を受給できるようにするためには、退職日までに、労務不能の状態が連続4日以上あることが必要です。
退職日に労務不能(出勤していない)こと
退職後の傷病手当金は、退職日時点において、傷病手当金を受給できるための要件を満たしている必要があり、療養をするために「労務不能(=働けない)」であることが求められます。
ポイントは、「退職日」の当日に要件を満たしている必要がある点です。
したがって、退職日に、たとえ半日でも出勤した場合には、退職日時点で「労務不能」であるとはみなされないため、退職後に傷病手当金を受給することはできません。
例えば、退職日に引継ぎ、あいさつ回り、後片付けなどの理由で出社した場合には、傷病手当金を受給することができませんので、留意する必要があります。
退職日に有給休暇を取得した場合
退職日に有給休暇を取得し、会社から給与(報酬)を受けたことにより傷病手当金が支給されていなかったときでも、退職後に傷病手当金を受給することができます。
この場合、傷病手当金が支給されなかったのは、給与(報酬)を受けていたことによって傷病手当金の受給権が停止されただけであって、権利が消滅していたわけでないからです。
退職後の傷病手当金を受給する際の留意点
労務不能の判断基準
傷病手当金を受給するための要件として、従業員が仕事に就くことができないこと(労務不能)であることが求められます。
通常(従業員の在職中)は、ある従業員が仕事に就くことができるかどうかの判定は、医師の意見などをもとに、原則として、その者の現在の仕事の内容を基準に判断します。
一方で、退職後に傷病手当金を受給する場合には、その者が前の会社(職場)で当時従事していた業務の内容を基準に、労務に服することができるかどうかを判断します(昭和2年4月27日保理発1857号)。
再び仕事に就いた場合
傷病手当金は、休職と復職を繰り返す場合でも、支給期間内である限り、休業した日について支給されます。
一方、退職後の傷病手当金は、いったん仕事に就くことができる状態になった場合、その後再び仕事に就くことができない状態になっても、傷病手当金は支給されません(昭和26年5月1日保文発1346号)。
退職後の傷病手当金の支給期間
傷病手当金の支給期間
傷病手当金の支給期間は、支給が開始した日から起算して1年6ヵ月とされています(健康保険法第99条第4項)。
従業員が支給期間の途中で退職した場合(被保険者資格を喪失した場合)には、被保険者資格の喪失前後を通算して、被保険者として本来受けることができるはずであった期間について、継続して傷病手当金を受給することができます(健康保険法第104条)。
例えば、従業員が退職日する時点で、すでに傷病手当金の支給が開始してから3ヵ月を経過しているときは、退職後は、残りの1年3ヵ月を限度として傷病手当金の支給を受けることができます。
退職後の傷病手当金の支給期間の起算日
退職した従業員が退職日において受給要件を満たしていて(例えば、給与を受けられるため傷病手当金が支給停止されているとき)、退職後に傷病手当金の支給を受ける場合には、被保険者資格を喪失した日から傷病手当金の支給期間が起算されます。
雇用保険の失業手当を受けている場合
退職後においては、雇用保険から失業手当の支給を受ける場合があります。
失業手当を受けるためには、働く意思があり、かつ身体的にも働くことができる状態が必要であることから、傷病手当金を失業保険と同時に受給することはありません。
退職後の傷病手当金の申請方法
退職した従業員本人が傷病手当金の支給申請書を作成し、医師の証明を受けた後、加入していた協会けんぽや組合に提出します。
なお、申請時点ですでに会社を退職していますので、申請に際して会社の証明は必要ありません。
傷病手当金の請求期限(時効)
傷病手当金は1日単位で受給する権利が発生しますので、労務不能であった日ごとに、その翌日から2年を経過する日まで請求することができます。
例えば、2021年8月1日に労務不能であれば、翌日8月2日から2年間が請求期限となりますので、2023年8月1日までに申請しないと時効にかかり、傷病手当金を受給することができなくなります。