同一労働同一賃金

【長澤運輸事件】最高裁判所判決を日本一わかりやすく解説してみる

長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判決)は、定年後に再雇用された嘱託乗務員が、その賃金について、正社員との間に納得できない格差があるとして、会社を訴えたものです。

長澤運輸事件では、

第1審(東京地方裁判所)→第2審(東京高等裁判所)→最高裁判所

の3つの裁判がありました。

第1審では労働者側の全面勝訴となり、第2審では会社側の全面勝訴になるという、いわば真逆の結果となったことで、最高裁判所の下す判決がどのようなものになるのか、世間的にも非常に注目を集める裁判となりました。

最高裁判所は、日本の司法権を担う最高機関です。

最高裁判所は、法律の解釈について判断を下し、その判決は実務上、法律と同等の効力を有するといえます。

したがって、判例の中でも、特に最高裁判所の判決を正しく理解することは、とても重要になります。

今回は、この長澤運輸事件について、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。

裁判の全体像

まずは裁判の全体像をみていきましょう。

〔訴えられた側〕

長澤運輸株式会社(以下、「N社」という)

・セメント、液化ガス、食品などの輸送事業を営んでいる

・従業員数は66名(当時)

〔訴えた側〕

嘱託乗務員3名(以下、3名をまとめて「X」という)

・N社にてバラセメントタンク車の乗務員(正社員)として勤務していた

・60歳で定年退職した後、N社に再雇用され、1年間の有期契約により嘱託乗務員となった

・嘱託常務員になったことにより、年収は正社員のときと比べて(3名を平均して)79%ほどに引き下げられた(定年前は500万円超→再雇用後は約380万円)

Xが訴えた理由

Xは、

仕事の内容が正社員のときと同じであるにもかかわらず、定年後に嘱託乗務員になったことにより、年収が定年退職前の79%ほどに引き下げられた

ことについて、

労働契約法第20条」に違反して無効である

旨を主張し、今回の裁判を起こしました。

N社の賃金体系(定年前後の比較)と、Xの主張内容

次に、N社における正社員と嘱託乗務員の賃金体系にどのような違いがあったのか、そして、それに対してXが何を主張したのかを整理しましょう。

Xは、以下の4つの点について、正社員と嘱託乗務員との間に、不合理な差があることを主張しました。

【その1】なぜ、嘱託乗務員には能率給・職務給が支給されないのか?

【その2】なぜ、嘱託乗務員には精勤手当・家族手当・住宅手当・役付手当が支給されないのか?

【その3】なぜ、嘱託乗務員の時間外手当は、正社員の超勤手当よりも金額が低いのか?

【その4】なぜ、嘱託乗務員には賞与が支給されないのか?

労働契約法第20条とは?

Xは、正社員に対する賃金と、嘱託乗務員に対する賃金とに差があることが、労働契約法第20条に違反する旨を主張しました。

では、労働契約法第20条とは、どのような内容なのでしょうか?

この条文は、長澤運輸事件の判決を理解するうえで、非常に重要なポイントになります。

労働契約法の条文をそのまま記載すると、以下のとおりです。

労働契約法第20条

有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

ここでは、条文の内容をしっかりと理解するために、分解しながら解説します。

労働契約法第20条の構造

【A】

有期契約の労働者(=契約で雇用期間が決まっている/典型例はパート、嘱託社員)と、

無期契約の労働者(=契約で雇用期間が決まっていない/典型例は正社員)の

労働条件(=労働契約の内容/典型例は賃金)について、

【B】

期間の定めがあることにより相違がある場合(=雇用期間が決まっている者であるかどうかによって、賃金などの処遇に差がある場合)、

【C】←ここが最重要!

労働者の

業務の内容と、当該業務の責任の程度(=仕事の内容と、その責任の重さの度合い)

②①と、配置の変更の範囲(=人事異動や配置転換、転勤の有無など、人材活用の仕組みの違い)

その他の事情

【D】

を考慮して、不合理なものであってはならない

ここで、今回の事例を条文に当てはめてみましょう。

【A】

Xは嘱託乗務員であり、1年間の雇用期間が定められている有期契約の労働者です。

一方、N社の正社員は、雇用期間の定めがなく、無期契約の労働者です。

【B】

N社は、正社員と嘱託社員について、賃金体系に違いを設けており、それによってXの年収は、正社員のときの79%ほどに下がることになりました。

したがって、条文のケース(相違がある場合)に該当します。

【C】【D】

Xの仕事内容は、指定された先にセメントを輸送する仕事であり、仕事内容や、責任の重さは正社員のときと同じでした。

また、人事異動や配置転換、転勤の有無などの人材活用の仕組みについても、正社員のときと同じでした。

したがって、嘱託乗務員は①と②の両方について正社員と同じであるにも関わらず、年収だけが正社員を下回っています。

以上、事例を条文に当てはめて読むと、一見、正社員と嘱託乗務員との間には、「不合理な相違がある」といえそうです。

それでは、この労働契約法第20条について、裁判所はどのような解釈をし、判断をしたのでしょうか?

以下、第1審から順に見ていきます。

第1審の判断(東京地方裁判所)

第1審は、職務の内容と人材活用の仕組み(上記【C】①②)が正社員と同じであるにもかかわらず、賃金についてだけ正社員との間で相違があるのは「不合理である」と判断し、嘱託乗務員の賃金水準を正社員よりも引き下げることは、労働契約法第20条に照らして違法」であると判断しました。

第2審の判断(東京高等裁判所)

第2審は、職務の内容と人材活用の仕組み(上記【C】①②)が正社員と同じであることは認めつつも、定年の前後で賃金を引き下げることは、世間的にも広く行われていることであるため、「不合理であるとまではいえず」、嘱託乗務員の賃金を引き下げたことは適法」であると判断しました。

最高裁判所の判断

最高裁判所は、以下の2つのポイントから、Xに支給される賃金について、「精勤手当」と「時間外手当」を除き、賃金の引き下げは不合理ではないと判断しました。

最高裁判所の判断 1つめのポイント

★労働契約法第20条の「その他の事情」を考慮する!

最高裁判所は、上記【C】③「その他の事情」に注目し、その解釈を示しました。

条文には、「その他の事情」としか書かれていないため、それが何を意味するのか、はっきりしません。

最高裁判所は、この「その他の事情」の解釈として、「定年退職後の再雇用者であるかどうか」はその他の事情に該当するものであると判断し、処遇の差が不合理であるかどうかの検討の際に考慮されるべきであることを明らかにしました。

この点が、最高裁判所の判断の大きなポイントであるといえます。

簡単に言うと、有期契約の労働者が、「どのような立場の者であるか」によって、不合理となるかどうかの判断が変わってくる可能性がある、ということになります。

たとえ職務の内容などについて、正社員と嘱託乗務員とが同じであったとしても、それをもって賃金の相違が不合理だ、と直ちに結論付けることは妥当ではなく、「その他の事情」として、定年退職後の再雇用者であるかどうかなど、有期雇用労働者の置かれている立場も踏まえて総合的に検討することが必要となるということです。

では、どのような理由で、最高裁判所は上記の判断をしたのでしょうか?

それには、以下のような、日本独特ともいえる雇用制度のあり方が影響しています。

・日本の雇用制度は、年功的な処遇を前提としていることが多く、正社員については定年まで長期間雇用することを前提として処遇を決めていることが多いこと

・これに対して、定年後の再雇用において、嘱託乗務員を長期間雇用することは、一般的にはあまり想定されていないといえること

・定年後に再雇用された場合、嘱託乗務員は、要件を満たせば老齢年金の受給が予定されていること

要約しますと、「正社員とは違って、定年後は長く働くことを予定していないし、近いうちに老後の年金ももらえるのだから、賃金について正社員とまったく同じように考えることはできない」という考え方を示したことになります。

最高裁判所の判断 2つめのポイント

★不合理かどうかは、「個別の賃金ごと」に、その趣旨を検討する!

最高裁判所は、何をもって不合理になるかという判断に際しては、年収水準が定年前に比べて何%程度になったかなど、総額を比べることよりも、具体的に賃金の中身をみて、手当などの賃金がそれぞれどのような趣旨で支払われているかについて、個別に検討していかなければならないことを示しました。

第1審と第2審では、定年後、再雇用される場合に賃金が引き下げられることが「世間的にもよく行われていることである」などと広く大まかな視点で判断しており、どちらかというと、賃金の総額でみて、年収水準の引き下げがどこまで許されるか、というような論調であったといえます。

これに対して、最高裁判所は、総額で年収水準をみて、その差が不合理であるかどうかを判断するのではなく、賃金について、各種の手当などを個別的に検討しながら、それぞれその内容が不合理であるかどうかを判断していく必要があることを示しました。

そして、N社の賃金ごとに個別に検討した結果、最高裁判所は次のように判断しました。

その1:能率給・職務給が支給されないことについて

【結論】不合理ではない

N社は、能率給や職務給を支給しない代わりに、のような工夫をしていて、嘱託乗務員の収入が安定するよう、配慮していると判断されました。

・基本賃金の額を、正社員の基本給よりも高くしている

・嘱託乗務員に支給している歩合給の係数を、正社員の能率給の係数よりも高くしている

・老齢年金の支給が開始するまでの間、2万円の調整給を支給している

その2:精勤手当・家族手当・住宅手当・役付手当が支給されないことについて

【結論】精勤手当について、不合理である

精勤手当は、1日も休まずに出勤することを奨励する手当であるため、嘱託乗務員であってもその必要性は変わらないはずであり、正社員と同じように支給するべきであると判断されました。

家族手当と住宅手当は、従業員に対する福利厚生や生活保障の趣旨で支給されるものなのだから、従業員の生活に関する諸事情を考慮するとされました。

そして、正社員は、嘱託社員と異なり、幅広い世代の従業員がいるのだから、正社員に対してだけ生活費の補助として家族手当や住宅手当を支給することも認められる、と判断されました。

役付手当は、正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるため、嘱託社員に対してこれを支給しなくても、不合理ではないと判断されました。

その3:時間外手当が超勤手当よりも低い点について

【結論】不合理である

これについては、手当そのものの判断というよりも、前述の精勤手当を支給しないことが不合理であると判断されたことを受けて、時間外手当について精勤手当を含めて計算し直すことを求めるものです。

その4:賞与が支給されないことについて

【結論】不合理ではない

以下の事情をもとに、賞与を支給しないことは不合理ではないと判断されました。

・賞与は、労働者の意欲向上、生活費の補助など、様々な意味を含んでいる(つまり、賞与は会社に長く勤めてもらうために、政策的に支給する意味合いもあり、その意味では、長く勤めることを予定していない嘱託乗務員には支給しないという選択肢もあり得るということです)

・嘱託乗務員は、定年退職のときに退職金の支給を受けており、さらに近いうちに年金の支給を受けることが予定されている

・収入も定年退職前の79%ほどになり、収入の安定にも気を配った給与体系になっている

まとめ:長澤運輸事件から学ぶ、今後の実務のポイント

長澤運輸事件は、一部手当を除いて会社側の勝訴という形で幕を閉じました。

最高裁判所は、高等裁判所(第2審)の判決にあった、「会社が、定年後の再雇用において賃金を減額することは、広く社会的に認められていることだ」という理屈を採用しませんでした。

そして、最高裁判所の判決を受けて、会社にとっては、今後は賃金ごとに個別にその趣旨を検討しながら再雇用後の賃金を設計しなければならないという課題ができたといえます。

今後の実務では、「定年前の80%くらいの賃金水準をクリアしているから問題ないだろう」などというような安易な判断は通用しないといえますし、基本給、諸手当、賞与など、賃金を構成する各要素について、パートや嘱託社員の方に対して、きちんと説明ができる制度を構築していく必要があるといえます。

最後に

長澤運輸事件を学ぶにあたって、一つだけ留意しなければならない点があります。

それは、長澤運輸事件においては、定年後の嘱託乗務員の「仕事内容や責任が、正社員とまったく同じ」である、という事情があったことです。

これは、世間一般的にみると、必ずしも一般的な事情(多くの会社で起こりえる事情)であるとはいえないと考えます。

なぜなら、多くの会社では、定年後の再雇用に伴い、職務の見直しが行われ、職務内容を変更したり、責任が軽い仕事に就くことが多く、また、人事異動や転勤などの有無も正社員とは異なることが多いのではないでしょうか。

例えば、メーカーの営業部長として現場の最前線で活躍していた人材が、定年後は、工場の作業員として再雇用されるような場合には、そもそも仕事の内容自体が大きく異なることから、賃金水準に変動があったとしても、その賃金が職務内容からみて合理的であれば、問題とはならないはずです。

その意味では、この裁判の結論を、多くの会社に当てはめるにはやや難しいと考えます。

さらに、この裁判では、賃金水準そのものや、賃金の引き下げがどの程度まで許されるのかなど、多くの会社が悩みどころとする点については触れられておらず、結局のところ不明瞭のままであるといえます。

したがって、定年後の再雇用にかかる実務については、今後も手探りで対応をしていかなければならない部分が多く残されていると考えます。