2019年4月1日に労働基準法が改正され、すべての企業において、原則として年に5日間の有給休暇を取得することが義務付けられました。
法律の施行日前から、巷では、この法律には「抜け道」があるとの話がささやかれているという情報が入っていました。
その後、私自身も実際に、この「抜け道」について何度か相談を受けることがありました。
そこで、今回は、有給休暇の取得義務化に関連する「抜け道」が本当にあるのかどうか、私なりに調べた結果をお伝えします。
- 巷でささやかれている有給休暇の取得義務化の「抜け道」の内容を知ることができます。
- その「抜け道」が法的にみて、どのような問題点があるのかを知ることができます。
なお、有給休暇の取得義務化に関する法律の基本的な内容については、以下の記事をご覧ください。
【関連動画はこちら】
Contents
「抜け道」の内容について
私がこれまでに調べた情報によると、有給休暇の取得義務化に関連する「抜け道」は、概ね次の内容であると考えます。
- 会社の所定休日を5日間減らして出勤日に変更し、その出勤日を有給休暇として会社が指定する。
- 会社で独自に設けている「特別休暇」の制度を廃止し、その代わりに有給休暇を消化する。
- 5日間の有給休暇を、会社が有償で買い取る。
上記の「抜け道」は、何とか営業日を減らすことなく、有給休暇を取得するにはどうすればいいかを悩んだうえでの苦肉の策といえます。
以下、それぞれの内容について、順に解説していきます。
会社の所定休日を減らす方法(「抜け道」その①)
具体例
この方法は、まず、会社の所定休日を5日間減らして出勤日に変更し、その出勤日を有給休暇として会社が指定するものです。
以下の図をご覧ください。
この会社では、毎年、12月28日から1月4日までの8日間を「冬季休暇」として、会社所定の休日とする旨を就業規則に記載していました。
しかし、有給休暇の取得義務化に伴い、就業規則を変更し、冬季休暇を1月1日から3日までの3日間に変更し、12月28日から12月31日までの4日間と、1月4日の計5日間を出勤日に変更しました。
そして、この出勤日に変更された5日間については、会社から「有給休暇」として取得するよう指示を出しました。
結果的に、従業員にとっては、仕事を休む日数自体は例年と変わらず、会社にとっては、法律上の義務を果たしたことになります。
この方法の法的な問題点
この方法の法的な問題点は、会社による休日数の減少が、「労働条件の不利益変更」に該当する点にあります。
「休日」は、労働条件の中でも特に重要で、就業規則や労働条件通知書などの法定書類において、必ず記載しておかなければならない事項です(労働基準法第15条、第89条、労働基準法施行規則第5条)。
そして、この休日数を減らすために就業規則を変更することは、就業規則の不利益変更に該当するため、労働契約法第9条により、原則として、「労働者の個別の合意がない限りできない」と定められています。
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。
したがって、会社が一方的に休日数を減らす行為は、労働契約法第9条に違反します。
結論として、この「抜け道」は、会社にとってリスクの高い行為であるため、「安易に選択するべきではない」といえます。
法的に問題にならない場合
ただし、会社経営の中で、やむを得ない事情により、どうしても休日数を減らさざるを得ない場合もあります。
このとき、きちんと従業員に説明したうえで同意を得るなど、きちんとした手続を経た場合には、違法となる可能性は低くなります。
なお、厚生労働省のリーフレット「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」では、本件について、以下のように記載されています。
(「今回の法改正を契機に、法定休日ではない所定休日を労働日に変更し、当該労働日について、使用者が年次有給休暇として時季指定することはできますか」という問いに対して)ご質問のような手法は、実質的に年次有給休暇の取得の促進につながっておらず、望ましくないものです。
厚生労働省の立場上、違法であるか適法であるかのジャッジまでは記載されていませんが、「望ましくない」という意見は明確に記載されています。
したがって、「抜け道」を利用することにより、労働基準監督署による指導などの対象になり得る可能性は十分にあります。
特別休暇の制度を廃止する方法(「抜け道」その②)
具体例
この方法は、会社で独自に設けている「特別休暇」など、有給で休むことができる制度を廃止し、その代わりに有給休暇を消化する方法です。
特別休暇とは、法律で定められているものではなく、会社が独自の福利厚生として就業規則などに定めているものです。
特別休暇としては、例えば、結婚休暇、弔事休暇などが代表的です。
この特別休暇は、有給(休んだ日に給料を支払う)でも、無給でも、どちらでも問題ありませんが、私の肌感覚では、有給としているケースが多いと思います。
今回、「抜け道」として挙げられているのは、この「特別休暇を有給としている場合」に、この特別休暇を廃止して、すべて有給休暇として休むようにすることで、有給休暇の取得を進めて、法律の定める年5日の取得義務を果たす方法です。
この方法の法的な問題点
この方法の法的な問題点は、「抜け道①」と同様に、会社による特別休暇の廃止が、「労働条件の不利益変更」に該当する点にあります。
特別休暇も、休日と同じく、就業規則や労働条件通知書などの法定書類において、必ず記載しておかなければならない重要な労働条件のひとつです。
したがって、特別休暇を廃止(減少)する場合には、従業員の個別の同意が必要になります。
この「抜け道②」に関連して、前掲の厚生労働省のリーフレットでは、以下のように記載されています。
当該特別休暇について、今回の改正を契機に廃止し、年次有給休暇に振り替えることは、法改正の趣旨に沿わないものであるとともに、労働者と合意をすることなく就業規則を変更することにより特別休暇を年次有給休暇に振り替えた後の要件・効果が労働者にとって不利益と認められる場合は、就業規則の不利益変更法理に照らして合理的なものである必要があります。
ここで、少し違和感があるのが、上記のリーフレットでは、労働者と合意をすることなく就業規則を不利益変更しても、「ただちに違法ではない」ようなニュアンスに受け取れる点にあります。
実は、前掲の労働契約法第9条には、続きがあります。
労働契約法第10条において、就業規則の不利益変更に該当する場合でも、以下の要件を満たす場合には、従業員の同意を得ることなく、適法に就業規則を変更することができるとされています。
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
労働契約法第10条によると、変更後の労働条件が「合理的なものであるとき」には、従業員の個別の同意は不要であることが定められています。
しかし、労働契約法第10条をクリアするためのハードルは高いと考えておいた方がいいと考えます。
なぜなら、「有給休暇を年5日取得させること」を目的として就業規則を不利益に変更することが、その目的や必要性に照らして不当であることは、誰の目にも明らかであるためです。
もしトラブルに発展し、訴訟などで争った場合には、会社側に不利な結果になることが容易に想像できます。
結論として、「抜け道②」による方法も、法的にみて多くの問題点とリスクがあると考えます。
有給休暇を会社が買い取る方法(「抜け道」その③)
具体例
この方法は、会社が、年5日間の有給休暇を有償で買い取ることにより、有給休暇の取得義務を果たすことをいいます。
もしくは、例えば年に3日間しか有給休暇をとれなかった場合に、残りの2日分の有給休暇を買い取るような場合もこれに該当します。
この方法の法的な問題点
法律上、会社が従業員の有給休暇を買い取ることは原則として認められません。
ただし、以下の場合には例外的に認められます。
- 法律で与えられる有給休暇よりも、多くの日数を与えている場合において、法律を上回る部分の日数に限って買い取る場合
- 時効によって消滅する有給休暇を買い取る場合
- 退職によって消滅する有給休暇を買い取る場合
要は、法律で定められている有給休暇の権利を買い取ることは、従業員がその権利を行使する機会を奪ってしまうため認められません。
ただし、上記①から③の場合については、従業員にとっては法律よりも不利にならないため、会社による有給休暇の買い取りが認められます。
結論として、「抜け道③」については、法的に買取が認められる要件に該当しないため、結果としてこの方法は「違法」であると評価される可能性が高いといえます。
まとめ
今回は、有給休暇の取得義務化に関連する3つの「抜け道」をご紹介させていただきましたが、いずれの方法についても違法となる可能性が高いと考えています。
もっとも、事情によっては違法とならないケースもあり得ますが、その場合でも、専門家の意見を聴きながら慎重に対応する必要があると考えます。