その他の法律

【過労死認定基準(過労死ライン)】2021年の見直し・改正内容について解説

厚生労働省は2021年7月、脳血管疾患・心疾患(脳出血や心筋梗塞など)による、過労死の労災認定基準を、約20年ぶりに見直すことを公表しました。

厚生労働省は、今後パブリックコメントの募集などを行ったうえで、全国の労働基準監督署に通知を出して新しい基準の運用を始める方針です。

そこでこの記事では、過労死認定基準について、基本的な内容を解説したうえで、今回の見直しによってどの点が変わったのかを解説します。

労災保険の「過労死認定基準」とは?

従業員の業務上の病気やケガに対しては、「労災保険」による給付が行われます。

労災保険は、業務上で病気やケガをした従業員に対する医療費の補償、休業補償、遺族に対する補償(死亡した場合)などの給付をしますが、給付をするかどうかの認定(労働災害に該当するかどうかの認定)は、最終的に労働基準監督署の判断によって行われます。

このとき、労働災害として認定されるためには、その病気やケガが「業務上」のものであると認定されることが必要です。

しかし、特に過労死が疑われる脳血管疾患(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞など)と心疾患(心筋梗塞、狭心症など)については、それが業務によって発症したものであるのか、私傷病として発症したものであるのか、その判断が非常に困難です。

そこで、厚生労働省は、過労による発症が疑われる脳血管疾患と心疾患のための労災認定基準として、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準(平成13年12月12日基発1063号)」を策定し、基準を満たす場合には、原則として過労による業務災害として認定し、労災保険から給付を行うこととしています。

過労死認定基準の内容

過労死認定基準では、次の①から③の要件を定めることにより、業務による明らかな過重負荷を受けたことによって発症した脳血管疾患・心疾患は、業務上の疾病として取り扱うこととしています。

【業務上の疾病となる場合】

  1. 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的および場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと
  2. 発症に近接した時期において、特に過重な業務(短期間の過重業務)に就労したこと
  3. 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(長期間の過重業務)に就労したこと

過労死認定基準では、過労死が発症する前の業務や出来事について、直前(前日)だけでなく、短期または長期の目線でも疲労の蓄積を判断します。

①の「異常な出来事」とは、極度の緊張、興奮、恐怖、驚がくなど、強度の精神的負荷を引き起こす突発的または予測困難な異常な事態や、急激で著しい作業環境の変化をいいます。

②の短期間の過重業務における業務と発症との時間的関連性について、「短期間」とは、発症前のおおむね1週間以内に継続した長時間労働が認められることを意味します。

③の発症前の長期間について、特に長時間労働が長期間にわたって行われた場合に、どの程度の労働があれば③に該当するのかを具体的に示したものとして、後述の「過労死ライン」が定められています。

「過労死ライン」とは?

過労死ラインとは?

過労死認定基準のうち、とくに長期的な目線にたった労働時間の基準を「過労死ライン」といいます。

過労死ラインは、長期間にわたって、疲労の蓄積をもたらす過重な業務があった事実をもって、発症との関連性を認めるものです。

具体的には、残業時間が次の要件に該当する場合には、業務と発症との関連性が強く、労働災害として認定される可能性が高いとされています。

【過労死ライン】

  • 発症日の直近1ヵ月で、残業時間が月100時間を超えている
  • 発症日前2ヵ月ないし6ヵ月間の残業時間が月80時間を超えている

残業時間100時間とは、勤務を月20日で考えれば、毎日5時間の残業をするイメージです。

月80時間に満たない残業時間

過労死ラインがあるからといって、月に80時間に満たない残業時間がまったく労災認定の対象とならないわけではありません。

発症前1ヵ月ないし6ヵ月間にわたって、1ヵ月あたりおおむね45時間を超える残業がない場合には、業務と発症との関連性が「弱い」と判断されますが、1ヵ月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に「強まる」と判断されます。

時間外労働とは

過労死認定に使われる時間外労働とは、1週間あたり40時間を超えた労働時間(法定労働時間)を、すべて時間外労働として扱います。

例えば、暦日が30日の月の場合、その1ヵ月の総労働時間は「40時間÷7日×30日=約171時間」となります。

このとき、171時間を超える時間が何時間あるのかによって、過労死認定における判断が行われます。

また、休日のない連続勤務が長く続くほど、業務と発症との関連性をより強めるものであり、逆に休日が十分確保されている場合は、疲労は回復ないし回復傾向を示すため、業務と発症との関連性を弱めると考えられています。

過労死ラインの根拠

過労死ラインをみると、単純に「長時間労働は体に悪い」と捉えがちですが、過労死ラインは単純に残業時間の長さだけに着目して設定された基準ではありません。

発症前の1ヵ月あたり100時間の時間外労働が労災認定の基準の1つとされたのは、時間外労働100時間の状況が、平均睡眠時間5時間以下というライフスタイルに該当しやすく、統計上この睡眠時間での脳血管疾患・心疾患のリスクが高率に認められるためです。

4時間睡眠を1週間続けると、ホルモン分泌異常や血糖値上昇が生じ、さらに4~6時間睡眠を2週間継続すると、記憶力・認知能力・問題処理能力などの高次精神機能は2日間眠っていない人と同じレベルにまで低下するといわれています。

過労死の原因は、平均睡眠時間5時間以下というライフスタイルにあり、長時間労働はその代理的な指標であるといえます。

過労死認定基準の見直し内容のポイント

厚生労働省は、過労死認定基準の見直しについて2020年6月から検討を開始し、定期的に「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」が開催されました。

そして、2021年7月に「脳・心臓疾患の労災認定の基準の見直しに向けた検討会報告書(案)」が示されました。

今回の見直しにおいて特に重要なポイントは、時間外労働の時間数では「過労死ライン」に達しない場合でも、それに近い残業があり、さらに不規則な勤務などの事情が認められれば、労働災害として認定されることを示した点にあります。

労働時間(残業時間)以外の要因

労働時間以外の要因

過労死認定基準では、労働時間のほか、次の内容についても総合的に評価し、負荷の程度と疲労の蓄積度合いを判断することとしています。

【労働時間以外の要因】

  1. 不規則な勤務
  2. 拘束時間の長い勤務
  3. 出張の多い業務
  4. 交替制勤務・深夜勤務
  5. 作業環境(温度環境・騒音・時差)
  6. 精神的緊張を伴う業務

なお、⑥の精神的緊張を伴う業務とは、例えば、極めて危険な物質を取り扱う業務や、過大なノルマのある業務がこれに該当するとされています。

今回の見直しの重要な点として、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準には至らない場合であっても、これに近い時間外労働が認められ、これに加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できるとしました。

見直された点

今回の見直しにより、労働時間以外の要因(業務の負荷要因)として、新たに次の内容が追加されました。

【労働時間以外の要因(追加)】

  • 終業から次の始業までの休息(勤務間インターバル)がおおむね11時間未満
  • 休日のない連続勤務
  • 事業場外における移動を伴う業務(「出張の多い業務」に加えて)
  • 身体的負担がある業務(「心理的負担がある業務」に加えて)

その他

過労死ラインの時間数は変更なし(維持)

過労死ラインについては、遺族や弁護士からは、世界保健機関(WHO)などの指摘を踏まえて、1ヵ月65時間に見直すべきとの意見が出ていましたが、現在の基準を引き続き示すことが妥当だと判断しました。

評価の基準となる従業員は変更なし(維持)

過労死の認定において、過重負荷の評価の基準となるのは、本人ではなく、同種の労働者(認定の対象となる従業員と職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する者をいう)とすることが適切とする点については、見直しはなく維持されています。

対象疾病の見直しあり

対象疾病として、「重篤な心不全」を追加するとともに、解離性大動脈瘤については「大動脈解離」に表記を改めました。

ABOUT ME
上西賢佑(京都うえにし社会保険労務士事務所)
京都の社会保険労務士です。このブログでは、会社経営者様や、人事・労務・総務担当者様に向けて、労務管理に役立つ情報を発信しています。お陰様で当ブログの閲覧数は月間最大17万pv・累計170万pvを突破しました。些細な疑問やご質問でも大歓迎です。お問い合わせは、以下の当事務所のホームページからご連絡ください。